『ドンドンドンッ』

魔界の僕の居城の門を、誰かが騒々しく叩いた。
あの人と子供達が訪ねてきて以来、久しく誰もノックしてこなかった門。
もっとも僕があの人を怒らせてしまったのがいけないのだけれど。

『ドンドンドンドンドンッッ』

音はさらに荒っぽさを増す。
僕はしびれを切らし、渋々その音の主に顔を見せることにした。
「はいはい、聞こえてますよ!そんなに叩かなくても!」
巨大な木の門を開けると、そこには金髪の小柄な男がいた。
絹のような美しい金髪に切れ長の瞳。
どうみても女顔であるが、品の良い上等のスーツを見事に着こなしている。
不思議なことにこの男の顔、僕はよく知っているような気がするのだ。
すごく懐かしい気がするが、どうしてもこの男の名前が出てこない。
「やぁねぇセラヴィー、私がわからないの?私よ、あなたの幼馴染のドリスよ!」


カンカンに沸かしたお湯をポットに注ぎ、丁寧に紅茶を淹れる。
ドリスは昔からストレートティーが好きだった。
「ふふ、さっきのセラヴィーの顔!あんなに真っ青になった顔初めて見たわ」
当たり前だ。ドリスはつい一月前まで女装して僕を追い掛け回していたのだ。
僕はオカマに愛されても嬉しくもなんともないし、
そもそも僕には別に惹かれてやまない人がいるんだ。
突然男の格好で僕の前に現れて、いったい何を企んでいるというのだろうか?
「……ドリス、いったい僕になんの用ですか?」
僕は一刻も早くドリスを追い帰したくて、単刀直入に聞いた。
「そんなにせっつくことないじゃない?様子を見に来ちゃいけないの?」
あっけらかんとした態度が癪に障る。
「以前チャチャ達に怪しいケーキを食べさせたことがありましたね?
 僕は本当に不愉快な思いをしたし、ドリスの顔も見たくないと思っているんですよ」
「あら、私の仕業だってバレてたの?」
「当たり前です。冷静になって考えれば、あれが魔法薬の作用だってことぐらい……」
「さすが世界一の大魔法使い様ね」
相変わらずの女言葉で明るく言う。
僕は堪忍袋の緒が切れそうになるが、こいつとは関わり合いたくない。
あの時のことを思い出すだけで、ケンカをするのも億劫になる。
「そんな格好で訪ねてきて…今度はなんのつもりなんです?」
限りなく冷たく言うように努力する。
ドリスは僕を真っ直ぐ見つめて、呆れたようにため息をついた。
その仕草があの人にそっくりで一瞬胸が軋むような痛みを感じた。
「……セラヴィー、あなたこそなんのつもりなの?」
唐突でなんのことだか皆目見当がつかないが、
ドリスが怒っているような様子であるのは見て取れた。
「なんのことですか?」
ドリスはティーカップをソーサーに静かに置いて言い放った。
「お姉さまを泣かせたことよ」


城のどこかでまた誰かが馬鹿騒ぎをしているようだ。
その声がいやに遠くに聞こえる。
「あなた、お姉さまを泣かせたわね?」
意識が遠のきそうになる僕を、ドリスの声が引き戻した。
何も言葉が出ない。『お姉さま』を泣かせたって?
「聞いてるのセラヴィー?どろしーお姉さま泣いてたわよ?」
あぁその名前、耳にするのは何時振りだろう?
何も返さない僕にイラついてか、ついにドリスは立ち上がった。
「呆けてるんじゃないわよ!聞いたわよ!あなたお姉さまにひどい仕打ちしたそうね!
 わざわざこんな薄気味悪い所まで訪ねに来てくれたお姉さまに
 『僕の結婚相手はどろしーちゃんしかいない』だか言っといて、
 結局得体の知れない金髪集団に興味を示したり……
 もうあなた何がしたいのよ!決めるところは決めなさいよ!」
涙目になって顔を真っ赤にして訴えるドリス。
あの時は……僕もよく覚えていない。
ただあの人と子供達の顔を見て何かが弾け飛んで、
早い話がはしゃぎ過ぎてしまったという記憶しか。
「もう…その話聞いて女装してるのが馬鹿らしくなっちゃったのよ。
 一発殴ってやらないと気がすまなくなってね、
 ドレスなんか丸めて捨ててきちゃったわ。
 っていうかね、セラヴィーちょっと大人しく歯ぁ食いしばってちょうだい」
え?ちょっと待て、何?今殴る気?
正気に戻りかけた瞬間、ドリスの平手が飛んできた。
僕の頬を叩く甲高い音が廊下にまで響いた。
やっぱりドリスは男だった。僕は椅子から転げ落ちてしまった。


みっともないぐらいに吹っ飛ばされて、なんとか立ち上がろうとする。
「ねぇセラヴィー、あなた実際どろしーお姉さまのことどう思ってるの?」
床に突っ伏した僕を助け起こしながら、優しい口調でドリスは聞いてきた。
どう思ってるかって……そんなこと……
「ねぇ、ちゃんと言わなきゃ伝わらないこともあるのよ?」
うるさい、こいつに分かってたまるか。諭すように言ってくれるな。
「私が女装やめた以上、しっかりしてもらわなきゃ」
そんなこと知ったことじゃない。
僕の気持ちは僕のものだ。
「……セラヴィー、大丈夫よ」
イライラする。虫唾が走る。
「……何が大丈夫だって言うんですか?無責任なこと言わないで下さい……」
ドリスは、僕を真っ直ぐ見つめる。あの人と同じ強い眼差しで。
この姉弟、本当にそっくりだ。いつも真っ直ぐだった。
射抜かれてしまいそうで直視できないんだ。
「……そうよ、私はあなたの気持ちになんか責任取れないわよ。
 でもそれがなんだって言うの?
 たった一人のお姉さまと、親愛なる幼馴染の心配をしちゃいけない?」
お節介。そんなところもそっくりだ。
いっそ放っておいてくれて構わないのに。
「……帰って下さい……余計なお世話ですよ…
 どろしーちゃんを泣かせてしまったのは、全て僕が悪いんです…それで充分でしょう?」
この名前を口に出したくなかった。
言ってしまえば全てが崩れていってしまいそうな気がして。
「セラヴィー、自分を悪者にして悲劇の主人公ぶって、それで満足?」
キンとした空気が僕とドリスの間を駆け抜けた。


ドリスは深く息を吸って、僕を見据えながら続けた。
「ねぇ、『無力で一人ぼっちで可哀想な僕』でいるの、気分いいでしょうね。
 全てから自分自身を守ることが出来るでしょうね」
なんで、そんなこと、ドリスに。
「あなたみたいな臆病者にお姉さまは幸せに出来ないわ。
 意地っ張りなお姉さまを包み込んであげられる人でないと駄目よ。
 いいわ、お父さまたちに頼んでお見合い相手探してもらう」
ドリスは上着を直して出て行こうとする。
が、ドアの一歩手前で振り返った。
「一応聞いておくわ。セラヴィーはお姉さまのこと愛してる?」
……愛してる……そんなこと、考えたことはない。
そう言えば僕は、あの人に対する本当に本当の気持ちからずっと逃げてきた。
「……分からないんです……いや、分からないようにしてる…」
もうあの人に、僕の声は届かないのか。
違う。声も何も、生じないようにしてた。
「…愛してるなんて思っちゃいけないんです。
 自覚したら、形にしたら、駄目なんです」
どろしーちゃん。
愛してるなんて思ったら、気付いてしまったら、もっと愛したくなってしまうよ。
自分でもどうなるか分からないんだ。
もしかしたらあなたを殺してしまうかもしれない。
「全てを自分だけのものにしてしまいたくなりそうで…
 『誰か一人のもの』でいられる人じゃないのに……」
自分でも信じられないほどに、ドリスにぶちまけてしまおうと思った。
ずっとずっと、自覚すらしないように奥底に隠してきた、
あの人にも決して言うまいと決めていた、僕の気持ちを。


太陽みたいなあなた。
そこにいるだけで周りが明るくなる。色を帯びる。
みんなあなたの温かさを慕い、憧れる。
いつの間にかあなたの周りには輪ができている。
その中にいてあなたは一層輝く。
みんなの太陽だから、どんなに欲しても僕だけのものにはならないんだ。
僕だけのものにしたいって思ってしまったら、
それが僕とあなたのサヨナラの時のような気がして、
でも温かさには触れていたいからしょっちゅう小突いたりして、
それが居心地が良いって思うようにしてて。


叫び声のように風が窓を鳴らす。今夜は嵐かな。
魔界にも四季や天候の変化があるのには驚いた。
ここにいれば時間が過ぎるのを忘れられると思っていたのに。
当たり前にお腹は空くし、生きているんだって思い知らされる。
僕は名実ともに悪魔なのに。
「……セラヴィー……」
「もうお願いですから、放っておいて下さい……」
ドリスが僕の顔を覗き込もうとするが、背を向けて表情も隠す。
「……もう……来ないで…」
テーブルに腰掛けさせていたエリザベスを手に取り抱きしめた。
背後のドリスが重い足取りで出て行く音を確かめ、再び椅子に腰掛けた。
いつもと変わらないエリザベスの笑顔が腕の中にある。
この子に焦点を合わせないようにして飲みかけの紅茶を喉に流し込んだ。
ぬるい紅茶が真っ直ぐに僕の胃に落ちていくのを、
さも自分の感覚ではないかのように遠くに感じた。


雨がパラパラと窓を打ち始めた。
「…いけない、洗濯物入れなきゃ」
魔法薬を作っていた手を止め急いで外に出ると、
しいねちゃん達が全速力でニャンコハウスに帰ってくるところだった。
「お師匠様ーただ今戻りましたー」
「ただ今ーどろしーちゃーん!」
「あのな、どろしー、今日のマジカルレンジャーの特訓な…」
「おいリーヤ、お師匠様洗濯物取り込んでるんだぞ。話は後にしろよな」
「私もお手伝いするのー!」
「はいはい、お願いね。ポピィくんは?」
「市松長官と打ち合わせなのだー」
「ふふ、エガオンも大変ね」
相変わらず、子供達はかわいい。
魔界まであいつに会いに行って一月近くが経っていた。
しいねちゃん達はマジカルレンジャーの仕事があって(仕事とは思えない内容だけど)、
結局魔法の国に帰ってきていたのだ。
私は以前にも増して魔法使いとしての依頼を多く受けるようになった。
以前あいつがマメにしていた家事や子供達の世話もするようになったから、
物思いに耽る時間もないし、夜も床に着いて1分で眠りに落ちる。
どうせ行き遅れていたし、こんな日常がずっと続くのも悪くないかも知れない。
いつも一緒にいたはずのあいつの名前が決して話題に上がらない、
そんな不自然な空気がたまに流れることを含めて、
何も気にしないようにしながら生活に追われることを自分に強いていた。
あいつの家があった土地には今小さな畑がある。
仕事を増やしたから、薬草畑を私が勝手に作ったのだ。
あいつがこの状況を見たらどう思うだろう。
いや、あいつは私の傍になんか帰ってくるはずはない。
…さぁ、しいねちゃん達におやつを出してあげなくちゃ。
喜ぶあの子らの笑顔で気が晴れるのだから。


「雲切れないですねー」
しいねちゃんが空を見つめながらつぶやいた。
「全然お月様見えないね、どろしーちゃん」
チャー子が残念そうにこっちを見る。
依頼で作っている魔法薬を完成させる為に月の光が必要なのに、
夕方から崩れた天気が回復してくれない。
「ポピィくんのサイコキネシスで雲追い払えませんか?」
「…無茶言うなよ」
「大丈夫よ、仕方ないわ、これは明日やりましょう」
「明日はできるといいね、キラキラーって作るところ見たいの!」
「月の光を使う魔法薬なんてどろしーに作れるんだなぁ、見直したのだ」
「当たり前だろー、僕のお師匠様だぞ」
あいつがいた時と変わらずにキャーキャー騒ぐしいねちゃん達に本当に救われている。
「さぁ、明日見せてあげるから、もう寝なさい」
「ワクワクしてたから眠れないかもー」
「俺もなのだー」
「お前は3秒で寝るだろー」
「いいからちゃんと寝るのよ?ポピィくんお願いね?」
「…ああ」
しいねちゃん達が布団を敷き始めたのを見届けて、私も自分の家に戻る。
うるさいぐらいのニャンコハウスを後にするこの瞬間は、
自分が自分でなくなるような気がしていつも気分が優れない。


今夜はこの魔法薬を作るつもりだったけど仕事がなくなってしまった。
まだ9時。眠りに着くには早すぎる。
最近は夜中まで仕事を詰めてたけど、前はこの時間何をしてたかしら。
…そっか、あいつと軽く一杯やってたり、ホラー映画見てたんだっけ。
あいつのこと『病気だ』なんて言いながら私もダメね。
雨の日も風の日もあいつが鬱陶しいぐらいに隣にいたのに、今は。
こっちがわざわざ会いに行っても距離を作られてしまうんだ。
あぁ、もう自分が嫌になりそうだ。
魔法書でも引っ張り出して勉強でもしていよう。

『コンコン』

誰かがノックする音が聞こえた。急いでドアに駆け寄る。
「誰?しいねちゃん?」
ドアを開けると、私の血を分けた弟が雨に濡れて立っていた。
「……ドリス…?」
「お姉さま…」
私が一月前に魔界から飛び出して実家に駆け込んだ時は、
ドリスは確かに女装していたはずだけど、
どうして普通の男の格好をしているのだろう?
「どうしたのこんな時間に?傘も差さないで風邪引くわよ。
 それにあんた…その格好……」
ドリスは私の顔をじっと見つめて、段々涙目になったかと思うと、
声を殺して泣きながら私にしがみついてきた。
「ドリス……?」
「…お姉さま……」


ずぶ濡れになったドリスに半ば強引にお風呂を貸し、
部屋を片付けながら出てくるのを待った。
ドリスが私の部屋に来るのは初めてだ。
「ごめんなさい、お姉さま…」
ドリスはお風呂から出てくるなり俯いて言った。まだ涙目だ。
「どうしたのドリス?」
男の格好なんて久しぶりに見るから目のやり場に困るが、
なんとなくこの姿も自然に感じるものだ。
「…男の人の格好、案外似合うわね。女装やめたの?」
ドリスは下を向いたまま答えない。
私は魔法でポンッとタオルを出し、ドリスの頭を拭き始めた。
急にドリスは顔を上げ、私の腕をつかんだ。
「お姉さま、今のこの生活をどう思う?」
唐突過ぎて意味が分からない。
「…え…?どういうこと?」
ドリスは私から目を離さない。
オカマで変態でどうしようもない弟だと思ってたのに、
こんな思いつめた顔も出来るんだ、と不思議な気分になった。
「この間うちに駆け込んできた時のことはもういいの?
 『セラヴィーがどうの』って泣いてたじゃない。
 あの時のことを思い出さないようにして暮らしてるんでしょ?」
涙目ながら、ドリスは強い目で私を見据えている。


そんなことをドリスから問い詰められるとは思ってなかった。
しいねちゃん達も気づいているだろうけど誰も言わなかったこと。
「どうして…あんたがそんなこと……」
ドリスの目から大粒の涙が零れ落ちた。
「なんで……お姉さま達は幸せになれないの……」
「幸…せ…?」
私の肩に額をつけて、ドリスは私共々座り込んだ。
「幸せに…なりたくないの…?二人とも…なんでもっと…」
幸せなんて。
私はしいねちゃん達が傍にいてくれれば自分を保てるわ。
それ以上なんて求めてもしょうがない。
…あいつが求めていないのだから。
「ドリス、なんでそんな…」
「さっきね、私セラヴィーを殴ってきちゃったの」
「え!?」
私の肩から頭をスッと上げたドリスは、
赤い目をしながらいたずらっぽく笑い、舌を出す。
「『このチキン野郎ーー!!』ってね。…お姉さまもよ。
 どうして自分の幸せに貪欲にならないの?」
今度は穏やかな笑顔。
まるで私達二人のことを全て知っているかのような。
「…お姉さまが好きすぎるのよね、セラヴィーは。
 独り占めしたくてしたくてしかたないのよね」
…いや、案外分かってないわ、私たちのこと。
「許してあげなさいよ、お姉さまの一言をセラヴィー待ってるはずよ」
そんなことないわ。あいつはこんな私を求めてるはずない。
「セラヴィーはね、意地っ張りで不器用なお姉さまだから好きなのよ」
あぁ、こいつは何年私の弟やってるのかしら。
私のことも分かってないのね。…私が家出したのがいけないのかな。


「…ドリス、あのね、私達はあんたが思ってるようなカップルじゃないのよ」
ハッキリさせとかないと、ドリスはまた余計なことをしそうだ。
ちゃんと思い知らせておかないと。私達は相思相愛なんかじゃないって。
「…また…意地張って…」
キョトンとして、ドリスは私を見る。
「セラヴィーはちゃんと、そんなお姉さまも好きよ?」
…知ってるわ、そんなこと。あんたに言われなくても。
「意地っ張りで、お母さんみたいで、天邪鬼で…そんな私が好きなんでしょうね」
「ええ、分かってるんじゃない」
「それを痛いほど知ってるから、私はもうあいつには会えないのよ」
ドリスは一層目を丸くする。
「え…なんで…?ありのままのお姉さまを好きでいてくれてるんでしょ?」
ありのまま…ね。
姉御肌な私を好きでいてくれてる…そんなこと分かってる。
でも、私だってね……。
「『意地っ張り』をやめたくなる瞬間って、やっぱりあるのよ」
だから、あいつのことは考えたくなかった。
意地っ張り。そんな私を好きでいてくれたのね。
小さなケンカも楽しんでたね。
『構って構って』なあんたと、『意地っ張り』な私。
着かず離れずをあんたは望んでたよね。
でも私は違った。ぬるい関係は我慢できなかった。
意地張って腐れ縁が続いていくのが耐えられなかった。
そう、いっそ……
「セラヴィーだけのものになってしまいたい時があるのよ……」


今度は私の頭が、ドリスの肩にもたれかかってる。
華奢だと思っていたドリスの肩は案外骨ばっていた。
「…お姉さま…本当は…本当は……」
またドリスの声が震えてきた。私は、涙も出ない。
「本当は…あいつの腕の中で泣き叫びたいのよ。
 体中骨折しそうなぐらいに抱きしめて欲しいの。
 呼吸困難になるまでキスしたいのよ。
 あいつに会ったら『意地っ張りなどろしーちゃん』でいられないわ」
でも、あいつが望んでいるのは着かず離れずの腐れ縁。
私にそれが耐えられない以上、会うわけにはいかないわ。
あいつの記憶の中で矍鑠(かくしゃく)としているしかないのよ。
女々しい私はお呼びでない。
魔界で受けたフザケた仕打ちによって、充分に思い知らされている。
「それでまた…意地を張るのね…」
「ふふ、『意地っ張り』を守るために意地を張るってわけね」
「…それじゃあ堂々巡りじゃない…」
ドリスが恐る恐る言葉を選んでいるのが分かる。
堂々巡りとは、私達を最も端的に表した言葉のように感じる。
「仕方ないわ。これがあいつと私なんだもの」
ドリスはゆっくり立ち上がって、悲しげな目を私に向けた。
「…分かったわ、今日のところは帰ることにする」
「ええ、気をつけて。…箒で送りましょうか?」
「いいわ、大丈夫。傘だけ貸して頂戴」
魔法で出した傘を手渡し、ドリスを見送る。
「ごめんなさいね、心配かけて」
「お姉さま…幸せに…なってよ…」
私は答えない。
代わりに、着崩れたドリスのスーツを正し、背中を押した。
ドリスはそぼ降る雨の街に消えていった。


誰も、もちろん本人も知らないこと。
あいつを含めて全ての人が思っている以上に、私はセラヴィーが好きだ。
セラヴィーが私を独り占めしたがってるとか聞くけれど、
それは正直に言わせてもらうと私の方。
安心しきった笑顔も、子犬みたいな目も、いつの間にか私より大きくなった手も。
全部全部私だけに向けられるものであって欲しい。
セラヴィーが欲しい。
セラヴィーが欲しいの。
でも、あいつは愛され下手だから、結局着かず離れずを選んでしまう。
再びあいつからそれを叩きつけられるぐらいだったら意地を張るわ。
そう決めたのに、淋しくて淋しくて、狂ってしまいそうで。
自分が自分でいられるように今まで以上に仕事をとって、
しいねちゃん達に必要以上に世話を焼いて。
あいつを思い出す暇もないぐらいに。
「…どうすればいいの……」
私はあの日以来初めて、あいつが、セラヴィーが恋しくなった。
苦しいよ。眠れないよ。
「……セラヴィー………」
私は無意識の内に箒にまたがり、魔界への入り口を目指していた。


やはり、今夜は嵐だ。悪魔の叫び声のように隙間風が音をあげる。
魔法の国も天気が崩れているのだろうか。
数時間前にドリスに叩かれた頬がまだ痛い。
真っ赤に腫れているけど、いっそ死ぬまで腫れが引かなければいいと思う。
悲劇の主人公ぶっているなと自分でも嫌になるが、
幸せになることが怖いと思うのだから仕方ない。
今夜は眠れそうにない。睡眠薬でも調合しようか。
乾燥させた薬草を取りに行こうと立ち上がった次の瞬間、

『バァーーンッッ』

突風とともに窓に激しく物がぶつかった音が響いた。
大変だ、窓は割れていないだろうか。いや、大丈夫だ。
いったい何がぶつかったのかと窓を細く開けて外を見た。
そこには、僕の年上の幼馴染が突風に煽られそうになりながら、箒にまたがり浮いていた。
「…セラヴィー……」
「………どろしーちゃん……」


彼女はずぶ濡れだった。
最初はバリアを張りながら飛んでいたが、
風が強くなるにつれて飛ぶことに集中しなくてはならなくなり、
バリアにまで気が回らなくなってしまったらしい。
最終的には強風に負け、僕の部屋の窓に激突してしまった。
「危なかったですね、魔法で強化したガラスでなかったら大怪我でしたよ」
彼女のためにアップルティーを淹れ、以前の口調で話す。
「風邪引かないでくださいね」
答えは返ってこない。ずっと俯いたままだ。何か話さなくては。
「チャチャ達お仕事がんばってますか?」
「…ええ」
「…………」
いったい何しにきたんだろうと、決して考えてはいけないことが頭の中をよぎる。
ダメだ。それだけは聞いちゃダメだ。
「あの…」
「セラヴィー」
芯の通った声。何かを決意したときの声だ。
ダメだよ。言わないで。
「頬、真っ赤ね」
ハッとする。これは…このことは聞かないで。
「いや、これは…その…」
「本当に…馬鹿なんだから……」
彼女は泣き出した。真っ直ぐな瞳は変わらないままだった。


「馬鹿…どうしろって言うのよ…」
彼女は独り言のように呟きながら、目を隠すこともせずボロボロ涙をこぼす。
どうして、あなたがそんな風に泣くの?
「どろしーちゃん…」
頭を撫でてあげたいが、肩を抱いてあげたいが、
自分の中の何かがブレーキをかける。
彼女に触れてしまっては取り返しのつかないことになる。
「セラヴィー……ふっ…うぅっ……」
お願い、そんなに泣かないで。僕の名前を呼ばないで。
「…ねぇセラヴィー、私は要らない?」
予想もしなかった言葉が彼女の口から飛び出した。
「やっぱり、こんな私じゃ困る?」


僕は返答に迷った。彼女が何を言っているのか分からなかった。
「え…『こんな私』って…」
彼女の顔がクシャクシャになった。こんな顔を見るのは初めてだ。
「ごめんなさい…ごめん……」
どうして、あなたが謝る?
「…セラヴィー…セラヴィー…」
「どうして泣くんですか…」
「好きなの…」
「……え?」
「ごめんなさい…セラヴィーが好きなの…」
ますます泣きじゃくる。触れてしまっていいのだろうか。
「セラヴィー…」
いけない。彼女に触れては。自分を抑えていられなくなる。
「…ダメなんです、どろしーちゃん」
「うぅっ…うっ……ひっく…」
「どろしーちゃん、もう泣かないで」
「なんで…ダメなの…好きなのよあんたが…」
「違うんです、僕は…」
彼女が顔を上げる。真っ直ぐな瞳。目が逸らせなくなる。いけない。
でも、もう、彼女しか見えない。
僕は引き寄せられるように彼女の頬に触れ、キスをした。


「…んっ…んん…ふっ…」
「…んくっ…はぁっ……ん…ん…」
彼女の唇を貪るように吸い上げて、唾液を混じり合わせる。
折れそうに細い彼女の腰と肩を抱いて、ただただ彼女だけを求める。
「…は…んんっ…ぅんっ…」
彼女の腕も僕の背と首を強く抱きしめている。
「…どろしーちゃん…ダメ…です」
最後の理性を振り絞る。
「許して…どろしーちゃんを愛しちゃダメなんです…」
ずっとずっと、押し殺してきた気持ち。
今さら言葉にしたら、止まらなくなってしまう。
自分だけのものにならない現実を見たくない。
「嫌…どうしてダメなのよ…ねぇ、愛して…」
もう、ブレーキが効かない。ダメだ。ダメだけど。
知らない振りをし続けてたけど、言いたくて言いたくて仕方なかった。
耳元で叫びたかった。
「どろしーちゃん…僕のものだよ…」


窓の外ではまだ、悪魔の叫び声のような強風がやまない。
風が窓を打つ音も、木がしなる音も、僕の耳にはただの空気の振動。
僕が感じる音はどろしーちゃんの吐息だけだ。
どろしーちゃんを抱き上げて、キスしながら寝室へ運ぶ。
ベッドの上で、どちらからともなく服を脱ぎ捨てる。
裸になって汗だくで抱き合う。
唾液で、涙で、汗で、僕らはグシャグシャだ。
「はぁっ…あ…あぁ…んん…」
苦しい。呼吸が出来ない。
それはどろしーちゃんも一緒だろうに、執拗に僕にしがみ付いてくる。
「…ん…ふ…ううぅ…」
泣いてるの?
「どろしーちゃん…」
「ごめ…ごめん…ごめん…許して……」
「いいから…どろしーちゃん…」
どろしーちゃんの目尻を舐め上げて涙を拭う。
「何をそんなに謝るんです?」
「馬鹿、馬鹿なの、セラヴィー…ひっく…ううん、私が…どうかしてるわ…」
美しいどろしーちゃんの黒髪を丁寧に撫でる。
「セラヴィー…意地っ張りなあんたのどろしーちゃんでいられないよ…
 いられないのに…う…うぅ…ごめんなさい…
 あんたが…好きなの…どうすればいいの……」


「あんたが…私…を、好きでいてくれるのは…知ってたわ。
 世話焼きババァで意地っ張りな私を見てくれてたよね…
 でも、そればっかりじゃ…いられな…よ…うぅっ…
 あんたの求める私でいられない…のに…私あんたが…
 あんた…セラヴィー…セラヴィー…ごめん…好き、好きなの…」
僕は今まで何をしてた?
「あんたが着かず離れずの腐れ縁でいたいのも分かってる…
 でも…抱きしめて欲しいの…離さないで欲しい…の…」
僕は馬鹿だ。
自分が居心地いい場所で胡坐かいてることしか考えてなかった。
『可哀想な僕』の殻を被ってどろしーちゃんと向き合おうとしなかった。
どろしーちゃんが何を思っているのか見ないようにしてた。
でもどろしーちゃんは、僕の望みも全部知ってて。
僕を困らせないように自分自身を殺してて。
なのに僕は僕のために悲劇の主人公ぶってて。
「ごめん…もう帰るわ。もう二度と…こんな…色仕掛けみたいな真似しないわ…
 次会うときはあんたのどろしーちゃんだから。ごめんなさい…忘れて…」
どろしーちゃんはベッドから降りようと体を捻る。
また何かが警告を鳴らす。今度はさっきと違う。ダメだ。
この人を手放しちゃダメだ…!


僕は、力の限りどろしーちゃんを抱きしめた。
細い肩。折れてしまいそうだ。
でもこの胸の、腕の、手の力を緩めてはいけない気がして。
「うぅっ…放し…て…」
苦しそうに途切れ途切れにどろしーちゃんが声を上げる。
「放しません…もう…放さない…」
強く抱きしめたまま首を横にずらし、どろしーちゃんの唇に吸い付く。
止まらない。もっと、もっと。もっとどろしーちゃんが欲しい。
「ん…もっと…あ、あんたが好きになっちゃうよ…そんなの…」
「いいよ…」
意地っ張りで、お節介で。いつも自分のことは後回し。
「いいんですよ…どろしーちゃんの望むままに。
 今まで、いっぱいいっぱい、我慢したね」
「う…うぅ…あぁ…あぁぁぁ…っ…」
幼い頃を思い出すぐらいに、赤ん坊みたいに大声上げて、どろしーちゃんは泣き出した。


しゃくり上げるどろしーちゃんを抱きしめて、背中や頭をさすってあげる。
どれぐらいそうしていただろう。
このまま世界の終わりが来てもおかしくないぐらい、
長い長い時間抱き合ってたような気がする。
「…落ち着きました?」
「…うん…ごめんなさい…」
「もういいんですよ、大丈夫ですから」
軽く口付けする。壊れないように、そっと。
どうしようもない愛しさが身体中から沸いてくる。
馬鹿な僕。臆病者な僕。甘ったれな僕。
それなのに不思議なほど、どろしーちゃんを全てから守りたいと思った。
もう一度、啄ばむようにキスをする。もう一度、もう一度。
熱っぽい目でどろしーちゃんが僕を見つめた。それが合図だった。
どろしーちゃんを強く抱き返してベッドに身体を横たえた。


何度キスしてもまだ足りない。
どんなに強く抱きしめてもまだ足りない。
もっとどろしーちゃんの全てを感じたくて止まらない。
「どろしーちゃん…」
「セラ…んんっ…は…」
甘く鼻にかかるどろしーちゃんの声が胸に切なく響くよ。
僕はどろしーちゃんの大きな乳房を掌で包んだ。
「あぁ…セラヴィー…」
「どろしーちゃん、気持ちいい?」
「はぁっ…気持ち…い…」
両手で揉みしだくと、どろしーちゃんは首を横に振りながら喘ぐ。
「うんっ…あ…あんっ…あぁ…」
「気持ちいいんですね…こんなになってる」
乳房を包みながら、人差し指で硬く尖ったその頂を弾く。
「ぁあぁっ!…やん…うぅっ」
顔を紅潮させてよがるどろしーちゃんが最高に綺麗だと思った。
頬に、首筋に、胸元に何度もキスをして、
ピンと張り詰めたどろしーちゃんの乳首の先を軽く舐めた。
「あんっ!…んっ…ふぅ…」
焦らすようにゆっくりと、舌を尖らせて少しずつ刺激を与える。
時に舐め上げ、吸い上げて、どろしーちゃんを味わう。
馬乗りになる僕の下でどろしーちゃんは何度も身体をくねらせた。
どろしーちゃんの脈が上がっていくのが分かった。


「セラヴィー…熱いよ…」
泣きそうな声で訴えてくる。
「…どこが熱いんですか?」
「ぃや…馬鹿…セラヴィー…信じらんない、この変態…」
かわいい。可哀想だけど、もっと意地悪しちゃいたいよ。
もっといろんな顔を見せて。
赤い乳首にキスして、上目遣いでどろしーちゃんを見る。
「どうして欲しい?どろしーちゃん」
「やだ…そんなの…」
恥ずかしがりながらも腰が前後左右に動く。
そんな風にされたら僕も堪えられなくなりそうだ。
僕は乳房を包んでいた右手を下げ、下腹部に伸ばした。
閉ざされていたどろしーちゃんの脚が僕を迎え入れるように自然に開いた。
自身の右脚をどろしーちゃんの脚の間に滑り込ませながら、
そこにそっと指を滑らせた。


そこは驚くほど潤っていた。
「…あぁっ…っ…うん…」
指を滑らす度、どろしーちゃんは恍惚の声を上げた。
どろしーちゃんの愛液で濡れそぼった指で一番敏感な核を刺激する。
ゆっくりと、徐々に小刻みに。
「やぁっ…ん…ダメっ…あ…あぁぁ…セラヴィー…」
「どろしーちゃん、かわいいよ…」
「や…セラ…お願…もう……」
今度はどろしーちゃんが上目遣いに僕を見つめる。
どろしーちゃん。僕のどろしーちゃん。
そんな表情を見せてくれる日が来るとは思ってもいなかったよ。
誰にも分け隔てなく接するあなただけどその表情は僕だけのものだよ。
「…ね…っ…セラ…ヴィ…もう…ねぇ…」
涙目でおねだりしてくる。
ごめんね、たくさん我慢させたね。
もう離さないから。
一つになろう、ね。
僕はどろしーちゃんの白い2本の脚を割り、腰を沈める。
どろしーちゃんのそこの潤いは僕を受け入れるのに充分だった。


静かだ。
世界中に僕とどろしーちゃんしかいないような錯覚に陥る。
僕らの動きのせわしなさとは裏腹に、流れている時間はひどく緩やかだ。
緩急つけて腰を揺らす僕に、
僕の意図を全て読み取っているかのように
どろしーちゃんがタイミングを合わせてくれる。
キスしながら、掠れそうな声でお互いを呼んだ。
「あ…あぁっ…セラヴィー…」
「…っ…どろしーちゃん…」
「セラ…あぁ…ん…」
「どろしー…ちゃ……うぅ…もっと名前呼ん…で…」
「…セラヴィー…ん…」
「もっと…」
「セラヴィー…っ…セラ…あぁ…セラヴィー…」
もっと、もっと、もっと。
もっと僕をあなたでいっぱいにして。きりがない僕の独占欲を満たして。
「セラ…あぁ…もう私…もう…」
「うっ…どろしーちゃん、どろしーちゃん」
全身の血が僕のそこに集まっていく感覚に襲われた瞬間、
どろしーちゃんの脚が僕の腰を強く引き寄せた。


激しく寄せる波に飲まれて、しばらくそのままの体勢で抱き合っていた。
このまま一緒に融けてしまえればいいのに。
どろしーちゃんの髪に鼻を寄せて温もりを確かめた。
「…セラヴィー……」
僕の頭を撫でながら、どろしーちゃんも僕に頬を寄せる。
「…ねぇ、セラヴィー。あんた私にばっかり言わせるつもり?」
「はい?何をですか?」
「馬鹿…あんたの気持ち聞いてないわ」
「…そう…でしたっけ…?」
今まで散々言ってきたような気もしていたが、そうだ、ちゃんと言ってはいない。
「でも…今さらじゃないですか?」
「ずるいの…またドリスに殴られるわよ」
「え…なんで知って…」
「いいじゃないそんなこと。どうなのよ?」
やっぱりどろしーちゃんは真っ直ぐだ。射抜かれてしまいそうだよ。
「そんな、深刻に考える必要ないのに。
 あ、ひょっとして実は私のこと『好き』じゃないんだったり?」
いたずらっぽく笑う仕草も僕の胸を切なくさせる。
「『好き』って…言ってしまったらお終いな気がして…」
「ふふ、相変わらず面倒な男。私以外の誰があんたなんかと付き合ってけるって言うのよ」
どろしーちゃんは満足そうに僕の頭を胸に抱きしめた。温かい。
ふと昔チャチャがリーヤ君に言い放った言葉を思い出した。
あぁ、子供はなんの衒い(てらい)もなくその言葉を口に出来るんだと驚いた。
でも特別なことじゃない、この感じがその感覚なんだね。
「…愛してますよ、どろしーちゃん」
愛してる。余計なことはいい。それで全部。
ハッと僕を見るどろしーちゃんに、僕は今までで一番優しいキスをした。
嵐はいつの間にか止み、月明かりが僕らを照らしていた。

(終)