「どろしーちゃん、セフレってなに?」
卓袱台を囲んだ夕食時、チャー子からの突然の質問に、私はあやうく鼻から味噌汁をしてしまうところだった。恐ろしい。
「チャチャ?一体どこからそんな言葉を」
セラヴィーがげほげほと苦しむ私にタオルを差し出しながら、ドン引きした声でたずねる。
「?今日ね、まやちょん先生がどろしーちゃんのお家に遊びに来てたでしょう?私、リーヤとしいねちゃんと隠れんぼしてて、
隠れる場所探してた時に聞いちゃったの。まやちょん先生が、セラヴィー先生ってどろしーちゃんのなんなの?って聞いてて。
そうしたらどろしーちゃんが、あいつはセフレよって言っ…」
「チャー子っ、黙んなさいっ」
タオルを放り投げてこどもの口を塞いだけれど、遅かったようだ。
こちらに向けられたセラヴィーの眼が据わっている。
「そうですか…どろしーちゃんがそんな事を…さ、チャチャ、リーヤ君、しいねちゃん、はやく食べてしまいなさい。片付かないでしょう?
僕は今晩ちょっと大切な用があるので、片付けをはやく済ませたいんです。ねえどろしーちゃん?」
立ち上がりにっこり笑うセラヴィーに、私は心底震え上がった。
「しいねちゃん、チャー子、犬っ、あんたたちゆっくりご飯食べなさい!いいわね?一口200回以上噛むのよ?!わかった?!」
自分の食器を下げにセラヴィーが台所へ行った隙に子どもたちを睨みつけると、気迫に押されてわけもわからず頷く。
「よしっ!」
言うなり立ち上がり部屋を飛び出す。
「なんかまずいこと聞いちゃったのかしら?」
「何だか複雑な大人の事情の匂いがします」
「200回も噛んだら味がなくなるじょ」
後ろで3人の声がしたけれど、もうそれどころではなかった。
迫り来る身の危険を回避するため、私は全速力で自分の家へと逃げ帰ったのだった。

夢中で荷造りをしている時、少し視界がぶれたと思った次の瞬間、あえなくスーツケースごとセラヴィーの部屋に瞬間移動させられていた。
早い、早すぎる!
「あ、あんたどうして…子どもたちは?まだごはん食べ終わってない筈」
「ああいいんです、何だか真剣な顔してぶつぶつ数を数えながら食べていたので放っておきました。片付けは明日にでもやります」
子どもたちの食育と家事には、ちょっと偏執的にうるさい奴の発言とは思えなかった。
それだけ本気で怒っているということだろうか。
硬直している私を見下ろしながら、セラヴィーはわざとらしく噴出した。
「何よっ!」
「いや、すいません。あんまり間抜けな姿だったもので」
「えっ、あっ!ぎゃっ…」
折りしも下着をつめている所だったので、私は広げたスーツケースの前で白のレースに縁取られたブラを握り締めていたのだ。
慌ててそれを突っ込んでしまい、ぱんぱんに膨らんだケースの蓋を閉める。
悪魔に背中を見せてしまっていた事に気付き、素早く身を翻せば、先ほどから眼が据わりっぱなしのセラヴィーが腕を組んで立っている。
「たかだかお隣のお隣に来る位でそんな荷造りするなんて、どろしーちゃんは大袈裟ですねぇ」
「来たくて来たわけじゃないわよ、卑怯ものっ!」
「じゃあどろしーちゃん、発言の責任を取らずに荷造りを始めるのは卑怯じゃないんですか?」
「責任って…」
「お互いにとってお互いがなんなのか、大きな認識のズレがあるみたいですね。今晩はその認識のズレの埋め合わせをするために努力してみましょう」
にっこり笑うセラヴィーにたまらなく不吉なものを感じる。
私達の関係が色々歪んだりズレたりしているなんて、今に始まったことじゃない。
ただ、今から少し前、何だか発情したセラヴィーに押し切られる形で寝てしまって以来、ますますこんがらかっているのは確かだ。
セラヴィーってなんなの?と昼間まやちょんに聞かれた時、閃いた言葉がセフレだ。
答えてから随分気持ちがすっきりして、ここ最近のもやもやした気持ちが晴れていた。
つまらない悩みから解放されたような気がしたのだ。
「埋め合わせなんかしないわよ。ばからしい。一人でやってれば?」
スーツケースを抱え上げ、逃げようと窓枠に手をかけると全身に電気のようなものが駆け巡る。
「なっ…」
「結界をはってあるんですよ。この部屋の中では魔法も使えないので悪しからず」
「セラヴィー…んぁっ」
じりと歩み寄るセラヴィーに後退り、結界を忘れて窓に背をつけてしまい衝撃にその場に崩れ落ちる。
「おやおや言った傍からこうですか。…大丈夫ですか?セフレのどろしーちゃん」
嘲るようなセラヴィーの声。
身体中を駆け巡った痺れと悔しさに不覚にも涙が浮かぶ。
荷造りなどせずに身一つでここから逃げ出さなかったことを、私は心底後悔していた。

明かりがついたままの部屋で、全裸に自分の下着で後ろ手に縛られた屈辱の姿で、私はセラヴィーに嬲られていた。
ただの布の筈なのに、渾身の力を込めても戒めは外れず、身動きが取れない。
「いや…いやっ…あっ…ううっ…やだぁ…」
部屋には私の泣き声と、セラヴィーが私の中で指を抽送する音だけが響く。
「どろしーちゃんは指を入れられるのが嫌いなんですよね。でも今日はやめません。だってセフレなんだから」
私は指でこうされるのが苦手だった。
それは多分、初めてセラヴィーに指を入れられた時の全身に走った痛みを覚えているから。
彼自身で貫かれる痛みには慣れたというのに、何度身体を重ねても指の記憶は消えず、セラヴィーも顔を歪める私に、あえてその行為をすることはなかったのに。
「どろしーちゃんの中、あたたかいです」
「…ひっ…もうや…やめて…」
ぐるりと中指を動かされて、私は身体を震わせた。
「抜いて欲しいですか?」
セラヴィーの言葉に力なく頷く。
「ではセフレのどろしーちゃんにお願いです。ここのしまりをよくする練習をしましょう。今すぐ僕の指をしめて下さい」
「…どうやって…?…」
「ここを意識してしめるといいんですよ」
「んっ…やめ…」
セラヴィーに無造作に後ろの穴を弄られて腰が引ける。
そこを文字通り指一本で引き戻され、耳元に口が当てられる。
「嫌ならもう一本入れてみましょうか?」
「やめてっ…やる、やるから…んっ…」
意識してそこをしめるように下腹部に力を入れる。
恥ずかしさに顔に血が昇るのを感じる。
涙と汗で私の顔はひどいことになっているに違いない。
「なかなか上手ですよ、どろしーちゃん。じゃあその調子で百回やってみましょう」
「ひ、百回…?ムリ…」
「無理でもやって貰いますよ。じゃなけりゃさらに指で広げて」
言い終わる前に私はまた力を入れて恥ずかしい動作を繰り返した。
「いーち、にーぃ…」
セラヴィーはそれに満足そうに笑い、お風呂に入るのを数えるようなふざけた調子でカウントを始める。
「…ん…ん…んっ…」
相変わらず下腹部には気持ちの悪い違和感が続いている。
私ははやく指を抜いて欲しくて、必死でその単調で屈辱極まりない動作を続ける。
「ななじゅういちぃー…どろしーちゃん、眼を閉じないで僕を見て…」
ふいに片手で顎をとられ、正面を向かされる。
「…なにいって…」
「僕の眼を見ながらしめたり緩めたりして」
「ばかじゃないの…んっ…」
「そうしてくれないなら数えるのやめます」
両手を戒められていなければ、ひっぱたいてやったろう。
至近距離のセラヴィーの眼にはひどい顔の私が映っている。
「…も…やだ…」

「ななじゅうにー…ななじゅうさーん…」
セラヴィーの眼を見ながら、セラヴィーの指を締め付けていると、それまでただ気持ち悪さと怖さに泣いていたものが段々と変化していくようだった。
「ああ…っ…いや…ひっ…あああっ…ああぁっ…」
気付けば私は自ら腰を動かしながらセラヴィーの指を求めて、セラヴィーの緩急をつけたカウントが丁度100回を数えた時、絶頂を迎えていた。


「よく頑張ったね、どろしーちゃん」
セラヴィーはぐったりと倒れかかる私の両肩を抱き、仰向けにする。
それから足を大きく開かせて、自分のローブを捲くり上げ、まだイった名残が消えないそこを貫いた。
「んあっ…セラヴィー…」
激しく腰を動かされ、身体の下で結わえられた腕が悲鳴を上げる。
「セラヴィー…肩…いたい…ああっ…ん…」
「ふっ…どろしーちゃん、そんなこと言っても止めませんよ。辛かったらさっきの練習を実践してみたらどうですか?」
「あああっ…ああっ…んんっ…ひっ…」
痛みを訴えても加減をするどころか、動きを激しくされ、私はまた情けない声で悲鳴を上げる。
苦痛と下腹部から伝わる快楽がない交ぜになって、息をするのも苦しい。
肩が外れそうな苦痛から逃れるために、私はセラヴィーから与えられる快楽に意識を集中させる。
「そう、そうするのが楽ですよ…気持ちいいでしょう?どろしーちゃん…」
「んぁ…っ…ああ、やぁ…いやっ…ああああああっ…」
乱暴に胸を揉みしだかれて、新しい刺激に身体が熱を持つ。
セラヴィーは自分の欲望のまま動き、私はそれに必死でついていかなければならなかった。
苦痛を最小限に抑えるために。
こんなセックスは嫌だ。
セラヴィーの呼吸が段々と荒くなり、息が出来ない程に強く抱きしめられる。
それでも陵辱が終わったことに、私は苦しい息の中少しだけ安堵した。

「…気がすんだ?取り合えずこれ解いてよ」
睨みつけながら背中にまわされた腕を見せる。
「は?何言ってるんですか?どろしーちゃん、気なんてすむわけないじゃないですか。まだまだこれからですよ」
「え、冗談でしょう?…だって…」
顔を引き攣らせてヤツを見る。
本気の眼だった。
「だってセフレって相手を性欲処理の道具としてみていいってことでしょう?」
「あんたの認識は間違ってるわ!」
「じゃあどろしーちゃんのいうセフレってなに?」
「何って…セフレはセフレよ。なにって言われても困るから」
「じゃあやっぱりそういう事だ」
なにがじゃあなのか私はセラヴィーにうつ伏せに転がされる。
「きゃあっ…もうやめてよ、セラヴィー、あんたいい加減にしないとどうなるかわかってるんでしょうね?」
「どうなるって言うんですか?そんなに嫌なら僕なんてさっさとぶっ飛ばせばいいでしょう?結界であっさり何の力もなくしちゃうくせに。
そんなに弱いのに、気ばっかり強くって、ちっとも思い通りにならなくて、僕が始めての男なのにセフレなんて言って、どんなに大事に抱いても
全く伝わらないんだから、もうどろしーちゃんなんか、どろしーちゃんなんか、知りません。僕の好きにします。滅茶苦茶にしちゃいます」
押し殺した声が段々尋常じゃなく震えて来るセラヴィーから逃れようと、私は自由のきかない身体で無様にベッドの上を這った。
こんなにベッドが広いなんて今まで思ったことがなかった。
ようやく端についた時に、足首を捕まれセラヴィーに引き戻される。
「やだっ…やだ、いや、やだ、放してよっ、いやっ…」
夢中で首を振って抵抗するけれど、セラヴィーはそれを全く意に介せず、お尻へと手を這わす。
「一度こっちの穴でもしてみたかったんですよね」
「セラ…!…やめてっ…」
後ろの方を触られて、私は大声を上げた。
ぬめという感触がして、そこにセラヴィーが舌を入れたのがわかる。
「やだ、やめて…いやっ…やめて、セラヴィーやめてっ…」
頬をシーツに押し付けて私は泣き叫んだ。
「どろしーちゃん、暴れないで。ちゃんとほぐさないと痛いのはどろしーちゃんなんですよ」
「やめてやめて…や…ひっ…」
涙でけぶる視界に、私はおぞましいものを見た。
それまでつぶらな眼をして大人しく机の上に座っていたお人形がよいしょ、というように立ち上がり、こちらへ向かって来たのだ。
まさかこいつ、こいつ、あれを使って何かをしようっていうの?
身体が凍りつき、涙さえも止まる。
心臓が早鐘のように鳴っているのがわかった。
昔の私の姿をしたお人形。
セラヴィーが追い求めているのは、本当はこのお人形でしかないのだ。
それに嬲られるようなことがあったら、私は正気でいる自信がない。
「大人しくなったね、諦めた?どろしーちゃん…エリザベス?」
セラヴィーの声が遠くに聞こえる。
お人形はとうとうシーツをよじ登り、ベッドへ上がって来ていた。
そしてつとセラヴィーのローブの裾を引いて、セラヴィーを私からどかせた。
「エリザベス…」
セラヴィーが呆然とした表情で呟いた。
「…あ…いや、来ないで…」
不自由な身体で私は少しでもお人形から遠ざかろうと身を捩る。
けれどお人形は私に背を向けて、両手を広げて言った。

「もうやめたら?セラヴィー」
予想もしなかった言葉に私は身動き一つせずに、金髪のお人形の後ろ姿と、眼を見開いたセラヴィーを見た。
「あ、そんな…エリザベス…エリザベスが…」
セラヴィーはよろよろとベッドから立ち上がり、額に手をやって考え込んでしまった。
エリザベスがこちらを振り返り、ウィンクをすると、私の手の戒めが解けた。
考え込んでいる暇はない。
私は床に転がったスーツケースを掴み、なおも苦悩するセラヴィーの後頭部目がけて思い切り振り降ろしたのだった。
エリザベスのことがよっぽどショックだったのか、セラヴィーはそれをまともに喰らい派手な音をたてて倒れた。
打ち所が悪かったらしく、床にどくどくと見る間に血だまりが出来ていく。
これで放っておけば、私もこの男から永久に逃げることが出来そうだ。
お人形を見るとベッドの上に首を下げて座り込んでいて、元のただのお人形に戻っているように見えた。
深く息をついて赤くなった手首をさすると、私は部屋の隅に散らばった下着とドレスを身に纏い、結界の解けたセラヴィーの部屋をあとにした。

返す返すも残念なことは、あの時、魔法ではなくスーツケースを使ってしまった事だった。
もし、魔法を使ってさえいれば、世界一の魔法使いの座は間違いなく私のものだったろうに。
そう思うと悔しくてならない。
包帯を外し、血止めの薬草を取り替えた時、セラヴィーのくぐもった声がした。
「最近のセフレはそんな事までしてくれるんですか」
目覚めてすぐの可愛くない口調に、私は乱暴に薬草を押し付けて包帯を当ててから軽く後頭部を叩いてやる。
うつ伏せのセラヴィーは小さく悲鳴を上げたようだった。
「あんた感謝しなさいよ、あのまま放っとけば死んでたんだからね」
「どろしーちゃんのせいで、エリザベスにまで嫌われました。いっそあのまま死んでしまいたかった…」
ぶつぶつ言う声はどんよりと暗く、セラヴィーがどうやら心の底から落ち込んでしまっているのがわかった。
あの時のエリザベスが、無意識のヤツの力で動いたのか、それとも本当に人形が意識をもって動いたのかはわからない。
ただ、一度は部屋を出た私は結局戻り、俯いたお人形を抱きしめずにはいられなかった。
それから血溜まりの中にいた男をベッドに引き上げ、手当てをした。
「セラヴィー…」
名前を読んでみたけれど、セラヴィーはうつ伏せたまま延々と死にたい生きていても意味がないを繰り返すだけだった。
「セラヴィー…」
何で私がこんなことを、と思いながらも私は普段の自分の声よりも2オクターブは高い声を出す。
「しっかりしてよ、セラヴィー、私があなたを嫌いになるわけないでしょう」

セラヴィーってヤツは、幼馴染の腐れ縁で、仇で、ロリコンで、ヘンタイで、悪魔で、横取り屋で、世界一の魔法使いで、初恋の人で、
初めての人で、終生治らない不治の病の感染源であり…。
説明するには、あまりにも長すぎる。
だからセフレだ。
それで充分じゃない?
今頃振り向いたセラヴィーは、椅子に座らせておいたエリザベスを見る筈だ。
私は光が差し始めた廊下を一人歩きながら、その光景を思い浮かべ思わず笑みを漏らしたのだった。


おわり