認めたくはないが、私は確かに人よりも怖がりな方らしい。
幼い頃、親に隠れてみたホラー映画に怯え屋敷を抜け出し、年下男の家に押しかけジェイソンが来る!と半狂乱になって叫んだ事は、
出来るなら燃やし尽くしてしまいたい忌むべき過去だ。
「どろしーちゃんは僕が守ります。大丈夫、ジェイソンなんかに渡しません」
今や仇となった幼馴染はそう言って、泣きじゃくる私の頭を優しく撫でたのだった。


後悔し続ける愚かな行いに限って、繰り返してしまうのは何故だろう。
しいねちゃん達がうらら学園のお泊り会という夜に、リバイバル放映されたジェイソンとの再会を果たしてしまったのだ。
壊れそうになる心臓に番組が終わり流れ出す、やけに陽気なコマーシャルの音も辛く、震える指でリモコンのオフボタンを押す。
訪れた静けさに、背筋を冷たいものが伝う。
やはりテレビはついていた方がいいかともう一度リモコンに手を伸ばそうとした時、カレンダーが眼にとまり、そのせいで身動き一つ
出来なくなってしまう。
金曜ロードショウ…13日の…金曜日…
それまで居心地の良かったはずの自室の空気が、急によそよそしいものになったように感じる。
今まで気付かなかったけれど、あのドレッサーなどはやつが隠れるのに丁度よい大きさではないか、いや、やつは隠れるのが上手いから、
その気になればどこにだって身を潜めることができるだろう…例えばバスルーム、例えば今腰かけているベッドの下…
立ち上がり、誰かの名を呼ぼうとしたけれど、危ないところで言葉を飲み込む。
今晩に限って、あの男も泊りのバイトに家を開けている。
私には、押しかける家もないという事だ。
テレビがばちっと静電気の音を鳴らし、私はその場で飛び上がる。
反射的に魔法の構えをして、それから言葉に詰まり眼を泳がせる。
この状況で何を呼べばいいのか、わからなかったのだ。
半ばパニックになりながら叫ぶ。
「もう、もう、もう、なんでもいいからでてきて!」


部屋にもうもうと煙が立ちこめ、それが薄れるにしたがって私が出したものの輪郭が濃くなる。
まさかという不安が確信となり、私はまたベッドに座り込んだ。
そこにはセラヴィーがいた。
認めたくないけれどこんな時、私にはセラヴィーしかいないのだ。
「どろしーちゃん」
幻が優しく微笑む。
何年も前の、セラヴィーはとうに忘れているだろう約束をこの年になるまで覚えているなど、本物のセラヴィーには絶対に知られてはならない秘密だ。
でも、幻ならいい。
「うう…セラヴィー…怖かったの…怖かった…あんた、なんでこんな夜に私を一人にさすのよ?…守ってくれるって言ったくせに」
幻は一歩近づき、私を抱きしめる。
「どろしーちゃん、ごめんなさい。泣かないで。僕が傍にいます。ずっとずっと傍にいます…」
「セラ…」
胸の中で顔を上げようとした時、ぽひゅっと情けない音をたてて嘘つきな幻は消えた。
私はまた、ジェイソンが潜んでいるに違いない部屋に一人残される。
けれどもう、怖くはなかった。
それよりも何よりもただ、寂しかった。
魔法使いになれば、何でも上手くいくと思っていた。
それこそ魔法のように。
なのに自分は相変わらず不器用なままで、こんな夜に一人途方に暮れていた。
ほら、いつか捕まえると言っただろう?と斧を片手にジェイソンが笑う。
「決めた!お嫁に行こう!」
突拍子もなく飛び出た大声に自分でも驚いたけれど、もう止まらなかった。
見えない何かに後押しされるように、私は喋り続ける。
「考えてみたらしいねちゃんだっていつかは巣立っていくんだわ。そうしたら私は本当に一人っきりよ。お嫁に行こう。相手は誰でもいい。
貰ってくれるならジェイソンでもいい!」
高らかに言い終わると同時に、玄関の方から真鍮のノックを鳴らす音がした。
タイミングのよさに背筋が凍る。
まさかジェイソン…?今のを聞いて?
立ち上がり逃げ出そうとしたけれど、恐怖に足が縺れてしまい、私は床に尻餅をついたまま後退りした。
ノックの音は止み、続いてめりめりという怪音がする。
まるで、斧で何かを叩き割っているような…
それからひたひたという足音がこちらに向けて迫って来ていた。
がちゃりと部屋のドアノブが回る。
「あ…ああ…待って、ジェイソン…まだ心の準備が…っきゃぁぁぁぁ」


「何を言ってるんですか?どろしーちゃん」
そいつは呆れたような顔と声で、私の悲鳴を萎ませた。
おんぶ紐で背にお人形を背負い、手からビニール袋を提げたその姿と声は、先ほどの幻よりもずっと間抜けで、ずっと貧乏くさくて、ずっと意地悪そうだった。
「あんた…どうして、今晩はバイトだったんじゃなかったの?」
「バイト先の休憩室でテレビをつけたら、懐かしい映画が放映されていたので戻って来たんです」
そう言いながらセラヴィーはへたり込んでいる私の腕をとり、ゆっくりと立たせてくれる。
「それだけで…?だって…」
セラヴィーと向き合った私の声は、掠れていた。
「…昔、怖い映画を見てしまい、たった一人で泣いていた僕のところに、会いに来てくれた女の子がいたんです…その子の大きなお屋敷には、お父さんもお母さんも弟もお手伝いさんもいたのに、たった一人で暗い夜道を駆けて来てくれた。だからどろしーちゃん、僕は約束を守ります」
セラヴィーはその言葉と笑顔のあとに「あなたと違って」という嫌味を言うのを忘れなかったので、私は頭を掠めた眼の前の男への「幻疑惑」を打ち消すことが出来たのだった。
そう、これは魔法じゃない。
間違えようもなく、本物のセラヴィーだった。


「宝石は無事かなぁ」
「宝石?」
呆れることにセラヴィーは、私の家のドアを破壊して進入を果たしていた。
明日の朝一番に修理することを約束させてから、私は仕方なくセラヴィーの家の食卓で、やつが持ち帰ったお弁当を向かい合ってつついていた。
どうせバイト代は出ないだろうから、帰りがけにバイト先での仕出し弁当を2つくすねて来たらしい。
せこい話だが、夕飯をインスタント食品で済ませた私も、丁度おなかが空いていた。
「隣街にある大きなお屋敷のお嬢様の大切にしている宝石を頂戴するって、怪盗が予告して来たらしくて。今回のバイトはそれの警備だったんです」
「ふうん…いいの?放って来てしまって。お嬢様泣いてるんじゃないの?」
「他にも世界一の探偵とか、スナイパーだとか、沢山集めていたから、大丈夫なんじゃないですか?」
「いい加減なやつ…まあいいけど、生活費足りなくなったからって泣きついて来ても知らないわよ」
言いながら私はセラヴィーのお弁当からめぼしいものを取り上げ、自分のお弁当から嫌いなものはセラヴィーのお弁当へ移す作業に没頭していた。
彼は文句も言わず、お茶をすすりながらそんな私をじっと見ているようだった。
「ジェイソンにやる位なら僕が貰います」
「え?」
「自分ひとりじゃごはんも作れない、その上とっても怖がりな人を置いてバイトに行くなんて、僕はなんて愚かだったのだろう、と言ったのです」
私はこいつの欠点をあげつらうのが嫌いじゃない。
なので、微かな皮肉には無理やり目を瞑り、本当に愚かだとせせら笑ってやる。
それから頬が燃えるように熱くなっていくのを隠すために、四角形のお弁当箱を持ち上げて、食べ物をひたすら口の中に詰め込んだ。
ああ、そんなにがっつかなくてもというセラヴィーのため息交じりの声を聞きながら、横目で見た時計は既に12時を回っている。
13日の金曜日は終わり、ジェイソンの気配は消えていた。