「ん…」
 頭がふらふらする。天井が目に飛び込んでくる。ひろみは大きな目をゆっくりと開き辺りを見まわす。
見覚えのない部屋。ホテルの仮住まいだから仕方がない。真っ暗だ。
「あーあ…いつから寝こんじゃったんだっけ」
 熱を出したのは3日前だった。英語に堪能な緑川蘭子が医者を呼んでくれた。自分は話せない
わけではないがなにせ寒気がして気分が悪い。意識が朦朧としてろくに話せない。
(疲れたのよ。ゆっくり休みなさい)
 蘭子は異母兄弟の兄と同じで背が高い。顔立ちもすこし似ている気がする。今回の自分の行動を
あの世で嘆いていることだろう。宗方仁の一喝が頭に響いた。
(選手が健康管理もできんでどうする!)
「すみません、コーチ…」
 身をすくませひとりつぶやく。コーチの遺影の写真を蘭子はどこに置いているんだろう。ベッドに
身を横たえたまま、誰もいない隣のベッドを見まわした。
「緑川さん、練習かな…千葉さんや藤堂さんもきっと一緒で…よっ…と」
 時間をかけてゆっくりとベッドから起き上がる。
 ここはアメリカ、開拓の歴史を持つ都市ボストン。愛猫のゴエモンもいなけれ
ば両親もいない。電話をかけてきてくれるマキもいない。桂コーチもお蝶夫人も!
大事なテニスの試合も棄権して放り出してひろみは日本を飛び出してきた。
「…勝手なコトして皆に迷惑かけて心配させたからして、きっとこれは神様が与えた天罰
なのかもしれぬ、マキよ!あーあ、しまらないなあ」
 ひろみの甲高いぼやき声が部屋に響いた。




 体はだるいが、ストレッチをしてみた。いちおうどこも動く。すこしふらつくが意識も
しっかりしていた。熱はどうやら下がったようだ
「なにはともあれ、起きてみるのじゃ。花も恥らう乙女は身だしなみが肝心」
ひとりごちながらふとうつむく。
「お、とめか…もちろんそうなんだからして」
 言葉だけ背伸びした世間知らずな少女が、自分の発した言葉に敏感に反応する。
未経験の世界は想像がつかない。そのくせ妙に生臭い好奇心をそそる。
「おぬし、なにを考えておる!ええい痴情など退散してしまえ!」
 まだいつもの俊敏な行動とは程遠い状態ながらもあわてて洗面室へ駈け込んだ。
目覚めた人間の生理現象をとどこおりなくすませると大きな鏡の前に立った。
 いつものとおり顔を洗う。カランの温度を調整し日本から持ってきた洗顔料を泡立てる。
歯ブラシを口にくわえ込む。勢い良く流れる水の音に掻き消されながらドアをノックする音
が聞こえてきた。部屋にチャイムはついていない。
「緑川さん、帰ってきたのかしら…」
 
 
 蘭子は部屋の鍵を残して出ていっている。しかし、ここは外国のホテルだ。誰でも
自由に出入りできる。迂闊に返事をするものではない。ノックの音は鳴り止まない。
規則的で温和な響き。その音にせかされひろみは手早く洗面をすませる。
「わかったわかった、あいまみえる。それすぐに岡ひろみの整ったお顔を見せてやる」
 口はふざけているが、オーストラリア、前回遠征した同じアメリカのニューヨーク
…ひろみも国際感覚をそれなりに身に付け慎重になっていた。
「May I help you?」
 私が卒業した天下の西高は進学校なのじゃ、テニスだけではないのだぞ!ドア越しに
威張って胸を張りすまして英語で問う。静かに落ちついた声が返ってきた。日本語だった。
「…岡くん、起きていますか」
 ひろみはあわてる。必要以上に素っ頓狂な大声を出す。
「えっ…ああああのぅ、と、藤堂さん!はっはい、すぐに開けます、はい!たああ!」
 ばかばかばか!ひろみのばかあっ!なに待たせてんのよおっあわてふためいて扉を開ける。
ひとりで騒ぐひろみを高校時代の昔と変わらない笑顔で藤堂貴之が見ていた。
「大丈夫ですか…熱はどうなんだい?」
「えっええ…なんとか下がりましたあ…」
 熱は下がったはずなのに頬はどんどん熱くなっている。
「そうですか、よかった…」
「は、はい、心配をおかけしました…」
 藤堂に心底安堵した様子の声をかけられると、申し訳なくてまともに顔を見ることが出来ない。
ひろみは黙ってうつむいてしまう。勝手に涙がこみあげてきた。しばしの沈黙が
気まずい。
「これ…なにか食べておかないと」
 安っぽい紙袋の包みを藤堂が差し出す。うつむいたままひろみは手の甲で涙をぬぐうと
その包みを受け取った。
「は、はい…あの…緑川さんと千葉さんは…」
「もうすこし飲みたいんだって…僕は明日の試合があるから先に帰ってきたんだ」


「そうですか…もう明日試合ですか」
 ひろみは愕然とした。ボストンについてからもうそんなに日数が過ぎたのか…随分長いこと自分は
ベッドに臥せっていたのだ。どうしても会いたくなって、プロ入りを表明し単身アメリカへ渡った
藤堂を応援したくて、これでは心配させただけではないか。自然と頭を垂れてしまう。
「病人が食べられるものってよくわからなくて…適当に買っておいたよ。ごめんね、君の好きなもの
全然知らないんだ。…悲しいけどそんな話をしたことないからね」
 紙袋がガサリと音をたてるほど強く懐に抱きしめる。
(あっ、あたしの好きな食べ物を把握してるのはマキくらいなもんですっ)
 涙ばかり込み上げてきて冗談もいえない。体がわなわなと震える。何も気がつかないフリをし
て藤堂は静かに話す。
「はやく日本食が食べられるところ見つけないとね…アイスクリームくらしか思いつかなかった。
冷蔵庫、そっちの部屋にもあるよね」
「はい…」
 いつもの有り余るほどの元気はどこへやら、消え入りそうな小さな声で返事をする。
「あのふたりとんでもない酒豪なんだ…こっちは明日のことがあるから退散した…ああ、あんまり扉を
開けとくの危ないね。それじゃあお大事に。おやすみ」
 ひろみからの返事はない。藤堂が明るい声でひろみに別れを告げ背中を向けたそのときだった。
「…いやです…」
 ひろみの小さな呟きに藤堂がはっとして振り返る。かつて宗方に「目ダヌキ」と表現された
ひろみの大きな瞳から大粒の涙があふれてぽろぽろとこぼれ落ちていた。
「いやです…おやすみなんていやですっ!藤堂さんっ!」
「…岡くんっ…!」
 

「いやですっ…せっかく、会えたのにもっと、もっとお話したいぃぃっ…」
 言葉が続かない。そのまま紙袋を抱え込んだままで藤堂の胸に倒れこんだ。しばらく
精一杯声を押し殺してむせび泣いた。ひろみを受け止めたまま藤堂は黙っている。
…実は藤堂の胸の中におさまったのは今回が初めてというわけでない。合宿のトレーニング
中こむらがえりを起こして介抱してもらい、雨宿りに入った小屋で濡れた体を温めあった。
…今思えば藤堂は宗方の死期が近いことを知っていたのだ。おそらくコーチは彼にだけ話した
のだろう。ニョーヨーク遠征の前、彼はいた。憔悴しきった顔で自分の家の前に立っていた。
無言でただ抱きしめてくれた。
…そして今回。ニューヨークのアパートを引き払った後で、行き違いになってしまい会えぬまま…
帰国を決意して蘭子の住まいを目指していたタクシーの中。自分を探していたであろう彼が走っている。
(とめて!…ストッププリーズ、ストップ!)
 言葉はなかった。見つめあうだけで涙が勝手にあふれてくる。近付く彼に懸命にすがりつく。

…イヤな子だと思う。勝手な行動をとって泣いてばかり。藤堂はもちろん周囲のものにどれだけ迷惑を
かけて心配させているかと呆れてしまう。
(会いたかっただけなのに…)
 マキに今回のアメリカ行きを決心し打ち明けたとき「ひろみ、きらい」と呟いた。そうだ、あたしわがまま
だよね、マキ!みんなを困らせてばかりいる。
(ええい!このひろみのうつけ者が!藤堂さん、明日は大事な試合なのよ!…わがままいっちゃいけない。
寝こんだ自分が悪いのにぃ。ここで明るくおやすみなさいなのだ!明日元気に会えばよい!)
「す、すみません…もう大丈夫です…」
 視線を床に落としたままで小さくうめく。
「すみません…これ…ありがとうございました。遠慮なくいただきます。おやすみなさ…」
 今度は顔を上げ、しっかりと声を出した。


「おやすみなさい。明日の試合頑張ってください。応援しますから…」
 今度はひろみがはっとした。苦悶に満ちた藤堂の表情に顔を強張らせる。両目を閉じて喉から声を
搾り出すようにうめく。ひろみの両肩にのせられていた手に力が入る。
「と、う…どうさん…?」
 ひろみを藤堂は両腕の中にすっぽりと抱きかかえた。渾身の力で抱きしめる。トレーナー
越しに分厚い胸板がひろみの頬に押し当てられる。
「なんで君が謝るんだ…」
 誰か通ったらどうしよう、今、緑川さんと千葉さんが帰ってきたら…ひろみはあわてた。
焦るひろみに構わず、藤堂の力は緩まない。ひろみもまた体を揺すりながら、さして抵抗もしない。
「君が体調崩すくらい、僕が心配させたのに…すまなかったね、岡くん」
 背中にまわされた両腕に力がこもる。息が詰まりそうだった。
「ち、違いますうっ…そんなの…」
 ひろみは切なくなった。藤堂さんに謝ってもらいたくない。今度は必死に訴えた。
「とっ藤堂さん、アイスクリームがあるんでしょ?と、溶けちゃう…ほかのものも
つぶれちゃう!もったいない!もったいないいっ!あたしお腹がすいたら困るぅ!」
「え…ああ、そうだね」
 ひろみの大声と食材が本当に心配な、決死であろう訴えに藤堂もひるむ。腕の力が
弱まったのを逃さず、さっと後ろへ飛びのいた。


 岡ひろみのテニスの素質をただひとり見抜き見出した男、宗方仁。宗方コーチは彼女
の選手としての有望な未来の障害になると判断し、さいしょは藤堂との仲を許さなかった。
 惹かれ合う二人の気持ちに気付きながらかつて二人の間を引き裂いたことがある。
宗方の頑なな態度を不思議がるオーストラリア人のエディがその真意を問うた。
(お茶を飲んだり、電話を掛け合うことがなくてもあのふたりは並の恋人以上に心の奥深く
でつながっている…)

 突然ふたりのなかを許すことに決めた宗方に学生時代の友人が不安を告げる。
(ふたりともまだ若いんだぞ)
(…なにをしてもいいとはいっていない…)
 ひろみばかりでなく藤堂にとっても宗方はコーチだった。テニスを通して得た偉大な人生
の師はすでにこの世にいない。男と女、憎からず思っていることもお互いにわかっている…
なにがあってもおかしくないふたりなのだ…。

「…あっあの、紅茶入りました。備え付けのティーバッグですけど」
「ありがとう。君はまだ病人なんだ。僕のことはもういいから座っていたまえ」
「はい…」
(マキ!マキマキマキイイッ!ああ、これはマキにもいえないことになってしまったぞ!
どうしようどうしようどうしようっ、これって…あたしが藤堂さんを部屋に連れ込んだってことおっ?)
 気まずい雰囲気にひろみは圧倒される。心臓の動悸が勝手にはやくなる。テニスの試合前より緊張していた。
部屋の照明はすべてつけて部屋の中は昼間のように明るい。ふたりとも無言だ。英語で流れるテレビのざわめき
だけがひどく部屋に響いている。 

(座る場所が問題だ…)
 マグカップを藤堂の前におずおずと差し出した。部屋にはソファがひとつしか
ない。いざとなれば人が泊まれるよう簡易ベッドになるタイプだ。ひろみの焦りも
露知らず、憎たらしいいことに大きな顔をしてでんと据えられている。すでにソファに
藤堂は自分の居場所を確保している。もちろんひろみの座るスペースは充分すぎる
ほど残されている。
(まさか自分の使ってるベッドに腰掛けるのもわざとらしい!)
 つい先刻まで使っていたことがわかるシーツの乱れが妙に気になる。
(いまさら整えなおすの絶対にヘンだよなあ…)
「ああ、ありがとう。…ここに座るかい?」
 カップを受け取る際、指と指が触れ合う。ひろみは一瞬ぎくりとした。
「はっはい!」
 思わず声を張り上げる。まさに助け舟とはこのことだ。あたしの邪念なぞ簡単に振り払っ
てくれる、理性的な落ちついた声に安心し、慌てて腰掛けた。
 またしばらく沈黙が続く。…昔はこうではなかった。西高時代は話しかけられて、大慌て。会話にな
っていなくてもなぜか藤堂は笑っていた。藤堂にけつまづいて昼寝の邪魔をしても「これは失敬」と明る
く受け流してくれた。けいれんを起こして棄権負けをした初めての試合の帰り道、自転車に乗せてくれ
たときだって…。あの言葉をかけてくれなかったらもしかしたら今のあたしはなかったかもしれない。
(君、テニスはやめるなよ。テニスは素晴らしいよ)

 ひろみは考え込む。思い出されるのは昔のことばかり。ただ漠然と藤堂に憧れていた頃の
ことばかり。マキとふたりお蝶夫人こと竜崎麗香と藤堂が下校しているのを見つけて、絵になる
と感嘆しうらやましく眺めていた時期だってあった。
(どうしたのよ、なんで昔のことばっか思い出すのよ!今に不満があるわけじゃないのに)
 過ぎ去ったことがひどく懐かしかった。
(…不満じゃない、不安なんだ…あたし期待してる…)

 ひろみには自分が何を望んでいるかわかっていた。
(期待しているくせに…引き返せなくなるのこわいんだ…)
 会いたいだけの気持ちだけで行動していたときは考えてもいなかった。
(宗方コーチ、藤堂さんをはなすなっておっしゃいましたよね…あれは、あたしのすべてを
受け止めてくれると)
 藤堂のアメリカ初戦惨敗の知らせを千葉から聞いたときは衝撃だった。敗戦後に書かれた
手紙でひとことも触れられていないことがさらに追い討ちをかけた。お蝶夫人のいうピーク
が過ぎてしまったというのか、「もうお前は若くはない」桂コーチの発言は事実なのか。テニ
スで目標にしていた選手が、先輩が、そしてなにより「愛する人」が挫折しようとしている…。
(男を待たせる女になれともおっしゃいました…でもいつまで?あたしにできることは何?)
 感情が卑しいと蔑んでいる肉欲に呑み込まれていく。  
(あなたはいつもあたくしのできないことをやってのける…うらやましいわ)
 お蝶夫人、うらやましいことなんかじゃありません。きっと…すごくあたしイヤな子です。
自分のことしか考えていない…自分を責めながら、感情を制止できない。
(馬鹿ヤローと罵りながら、桂コーチはあたしを送り出してくれた。全力を尽くせと…)
「あの…」
 ほぼ同時にふたりから声が上がる。

「あ、ハハハ、君からどうぞ。岡くん」
 黙っていては場が持たない。かといって今の自分は何を言い出すかわからない。いちばん
辺り障りのない話題をとひろみは質問を考える。
「えっ、えっとそのぁ…明日の試合何時からですか」
「…午後から第2試合。予選の予選だけど相手と実力は互角だって、狭山さんが…あの千葉の
先輩の特派員の人の話だとね」
 藤堂の拍子抜けするほどの落ちついた即答の返事にひろみは大げさに反応する。
「はあ、そうなんですか。はぁ。あっああ紅茶どうぞ」
(あたしったら…ばっかみたい。ひとりで勝手に妄想して。これではただの痴女ではないか)
 挫折なんてオーバーに自分が考えすぎているのだ。のぼりつめたなんてまだわかりはしな
い。ジャパンオープンのタイトルを2年連続で獲得した天下の西高OBにいらぬ心配をして
どうする…今度こそ、明日こそ勝って欲しい。
「そっそれで藤堂さんは…」
 返事がない。黙って大事そうにカップを両手で抱えている。
「うん…これいただくよ…」
 静かにカップを口元に運ぶ。隣でひろみは息を潜めてただ見つめる。
「おいしいよ、岡くん」
 カップの中の紅茶は湯気を立てていない。冷めきっているのはひろみの目にも
明らかだった。

「あの、ありがとうございます。でも無理をしないでください。それ冷めちゃってるし、アメリカっ
て紅茶おいしくないと思いません?ティーバッグだからかもしれないけどコーヒーもあんなに飲んで
るのに薄くって、だからアメリカンか。あははぁ」
 ひとりで照れ笑いをしても何も面白くない。さらにひろみのおしゃべりは続く。
「こっ…このまえ来た時にもチェリー味のコーラがあって、変わってるって飲んでみたらすっごく薬臭
くて。菓子パンには止めてほしいくらい植物の種とかまぶしてあるし、ケーキやパイ、ビスケット
とかもやたらめったら甘いし…味覚って国民性があるんだなあっと」
 アメリカで生活している藤堂さんにヘンなことをいって、ひろみのおしゃべりが機関銃のよう
に炸裂する。
「でも藤堂さんが買ってきてくれたジュースとかヨーグルトとか、アイスクリームとかああいうの
はとってもおいしいんです、きっとおいしいんです」
 まだ食べてもいないのになぜわかるのか、自分で話しながら収拾がつかなくなった。
「あああ、お替わりつくりましょう。それともやっぱりコーヒーのほうが…」
 立ちあがろうとするひろみの腕を藤堂が掴んだ。勢い良くテーブルに叩きつけた
カップの底からカチャッと音が立つ。中に入った紅茶がこぼれそうになった。喉の奥から搾り出した声がひろみを制する。
「岡くんっ!!」
「はいっ…」
 うつむき、うめく藤堂に返事をするしかない。片腕を掴まれたまますぐにひろみは座りなおした。
「…なにもしなくていいんだ、ここにいてくれ…」
「はっはい…」

 昔も今も藤堂はひろみのことを苗字で呼ぶ。名前を呼んだと思うといきなり自分の懐へ
ぐいと抱き寄せる。プロ入りを表明して突然姿をくらました時もそうだった。居場所は
桂コーチの寺だと聞きつけると居ても立ってもいられなくなり押しかけてしまったとき
もそうだった。傍を流れ落ちる滝の爆音にひろみを呼ぶ声が掻き消される。
(ありがとう、岡くん…)
 いつも予期していないときに、こちらは心の準備もないままで一方的に抱きしめて。

「岡くん…」
 払いのけることも突き飛ばすこともできなかった。拒む理由が見つからない。ひろみは
思うに任せ自らの両腕を背中に回す。ソファに腰掛けたまま体をひねり向かい合わせにな
るとお互い力の限り抱きしめあう。相手の存在を確かめるように強く。
「…藤堂さん、藤堂さん藤堂さんっ!」
 言葉にならない。ひろみは腕の中でのびた磁気テープのように繰り返し名を呼ぶ。高校に入ったときから
ずっとそう呼んでいた。なぜか先輩と呼んだりはしなかった。
(藤堂さんの胸はあたたかい…いつも、いつも…)
 誰も相手にしていないテレビが部屋で騒いでいる。英語で、大勢の人間でどんなにうるさくがなりたてても
ふたりの抱擁を遮ることにはならない。
「岡くん…」
 また名前を呼ばれた。ひろみはおずおずと埋めていた藤堂の胸から顔を見上げる。


「…藤堂さんっ…」
 無言で自分を見下ろす顔は優しく静かに笑っていた。しかし目は違う。なにかを決心した、
思い詰めた心情を語る藤堂の瞳にひろみは怯える。だがすぐにその眼光の鋭さは隠された。藤堂が目を
閉じる。
(接吻とは親愛の情を示すのであるからして…その時は拒むな、目を閉じて応じよ。なあんちゃって
イシシシ…)
 演劇部に入ってその才能を開花させているマキ、マキあんたならどうするの…皆でコソコソきゃあ
きゃあ騒いでいたことが自分の身にふりかかったら…現実に体験するとしたら!ひろみのこれ以上
開けられないとばかりに見開かれていた大きな目が閉じられる。
「んんっ…」
 唇と唇が重なった。双方ともためらいがちにぎこちなくゆっくりと触れ合う。つややかで弾力のある感触に
ひろみの頭の中は霞でもかかったかのようにぼうっとしていく。唇を預けたまま藤堂の背中に回していた両腕に力を
込めた。頬に赤みがさし息が荒くなる。唇をはなすのが名残惜しくて、息が続く限り自ら押し当てる。
 日本にいるマキが心配しているであろう両親が桂コーチが、お蝶夫人が一緒にボストンに来ている緑川さんも
千葉さんも…そして宗方仁ですらみんな皆、ひろみの頭の中からいなくなった。唇を重ね合わせて、力強く抱きし
めあう藤堂とふたりだけの世界が展開されていく。しばらくして触れ合っていた唇がようやくはなされた。
「…あっ…」
 抱き合ったままで藤堂がひろみをゆっくりと押し倒す。行き場を失ったひろみの体がソファの背に押し当てられ、
そのままずり落ちていく。



 
「やあっ…んんっ、はあっああんッ!」
 額に頬に首筋に口付けを落とされてひろみは身をよじらせた。上擦った声が勝手に
漏れる。藤堂の唇に触れられた箇所が熱を持つ。背中に走る微弱な電流に体がビクビク
と反応する。くすぐったい感覚をこらえきれず顔を大きく左右に振る。藤堂のがっしりとした
体躯がひろみの上半身に覆い被さってしまい逃げ様がない。
「…いやっ…やああっんっ…」
 逃げるつもりはない。誰に教えてもらったわけでもないのに勝手に甘えた声が出る。拒む
つもりもないのに自然といやだと言葉が漏れる。
 腕を伸ばして抱き寄せることは恥ずかしい。かといって反抗する意志もなく両手はなんの
役目も与えられず体側でソファを引き掴んでいた。
 ひろみはどうしていいかわからずに藤堂のなすがままにしていた。藤堂の片手が身につけている
トレーナー越しに片方の胸の膨らみに触れる。発熱して汗をかくので寝こんでいる間はパジャマ
の代わりにトレーナーとスパッツの出で立ちだった。生まれて初めて異性に胸を触られてひろみは
暴れた。
「いやっ…いやいや!やっぱり…いや!」

 ひろみはコートを縦横無尽に駆け回る健脚をばたつかせる。素足にはいていたスリッパが
勢いあまって好きな方向に飛んでいく。トレーナー越しの胸にのせられた藤堂の手を簡単に
振り払った。上半身を起こそうとする。だがすぐにまた両の二の腕を掴まれ押さえこまれる。
「…えっ…!?」
 声が喉で凍りつく。一瞬の沈黙。誰も聞いていないテレビの騒音がその存在を主張する。
…藤堂とはすでにコートでお互いにラリーを続けられる、テニスでは互角に渡り合えるひろみが
全く身動きがとれなくなった。
「と、藤堂さ…ん」
 返事がない。漠然とした恐怖にひろみは襲われる。どんなに記憶をたどっても、自分を力任せ
に押さえこんだ彼の記憶はない…無言で見下ろす彼の視線にひろみは怯えた。初めて見た獰猛な
視線だった。声が掠れる。
「…お、願い…いや…です…はなして…きゃあっ!いやっ!やめてっ!」
 あっという間だった。ひろみは無理矢理引き起こされると、両腕を頭の上に上げさせられ
た。バンザイの格好にさせられると勢い良く突き倒された。ソファが背中でバウンドする。
両手首を藤堂の片手で押さえつけられる。残された片手でトレーナーの裾が捲り上げられた。
「いやあああっ!」
 ずりあがったトレーナーから白いブラジャーに守られたふたつの隆起が姿を見せた。

 藤堂は叫ぶひろみに困惑した。本心から自分を拒絶しているのか判断がつきかねた。
(まだ…はやいのか…)
 会いたかった、本当に会いたかった。試合に負けて、当初の目論見が外れてしまったとき、
自分はプロとしては通用しないのかもしれないと考えた。テニスプレイヤーとしての人生はやはり
終わりかもしれない。今にもくじけてしまいそうな自分を彼女は救ってくれた。
(予想はついていたが、自分の行動が彼女をひどく動揺させた…一回戦敗退、敗者復活戦の棄権
そして発熱…)
 ボストンまでやってきた千葉は言葉を選びながら自分を責めた。
(お互いの為によくないよ。そんなのまずいよ)
 千葉の言うとおりだ…テニスにおいていつのまにか追いつき、想像を絶する悲しみであった宗方コーチの死を
乗り越えた彼女の足を今この俺が引っ張っているのだ。大学を中退して単身アメリカに渡ったのは自分のためだ。
選手生命のピークを内心ではうすうす感じ取りながら、それでもこうしているのは偉大な選手を追いかけているからだ。
宗方仁は死んじゃいない。そして彼女に負けてはいられない。テニスをお互い続けることが一緒にいられることだと思ったから。
(宗方さん…あなたが先に彼女を愛したんです)
 入院中、宗方は自分を病床に呼んだ。余命いくばくもないことを告げ、不遇な生い立ちとひろみへの愛を告白し、あの男は旅立
ってしまった。岡をたのむと…!
(でも、もう…)
 いざ会ってしまえばどうしても一線を越えたくなる。彼女だって同じ気持ちのはずだ。そう信じたいのに彼女の今の姿は
あまりに差が激しい。困惑と落胆がないまぜになった声を喉から搾り出す
「…岡くん…いやなのかい…?」


 藤堂に馬乗りに圧し掛かられたひろみは、なにも言葉が出せない。今にも泣き出しそうに顔を引きつらせている。試合がデュース続きで長引いた時のように、すっかり息が上がって
しまっている。荒く弾ませると、お世辞にも豊かとは言い難い胸の隆起が激しく波打っている。…テニスウェアも鉢巻も白だ。ブラジャーも白。胸の谷間に小さく同色のリボンがワン
ポイントで付けられている。
他に飾りのないシンプルなデザインのブラジャーがかえって痛々しく藤堂の目に映る。目を背けようとしてもなぜか視線を外せない。
(もしかしたらと期待していた…大馬鹿ヤローだ!)
 彼女が寝こんでしまったことは心配だったし、差し入れも純粋な気持ちで考えた。明日の試合も本当だ。しかし今となっては全部が言い訳にしか聞こえない。機会があれば、彼女の体を手に入れ
たい。気まずい沈黙の時間が続く。
(藤堂の恋人はテニスさ。それとも宗方仁の亡霊かな?)
 日本を出発する前にそう千葉にからかわれた。なかば同意の返事をしておいたがそれは違う。
(俺は宗方仁に嫉妬している…!彼がいなくなってもいまだに…同じテニスの選手として!岡ひろみを愛する男として!)
 同じ女性への愛を一方的に告げて、託して逝ってしまうなんて…残された自分はどうしたらいいのか。
(何もしてやることができなかった…)
 宗方の死という現実に直面し、彼女が拒食症にかかっても、何もしてやることができなかった。
彼女がただ立ち直るのを信じて黙って見ていることしかできなかった。あれから自分の無力さを思い知らされ、昔ほど快活に笑えなくなった気がする。
明るく彼女と接することが出来なくなった気がする…。
 自分の限界に気付き潔く身を引くのもいいが、あがいてみる気になったのは志半ばで病に倒れた男の意志を継ぎ同じテニスの選手として挑戦したくなった。そういえば聞こえはいいだろう。
(そんなことは綺麗事だ!)
 劣等感と痴情への戒めでわめきちらしたくなった。必死で自制する。
(彼女の気持ちを考えない、愛情の押し売りだけはしたくない…そこまで最低な男じゃない)
 引き掴んでいた腕の力が抜ける。固く目を閉じ小さくうめく。ひろみの上に重なって突っ伏した。
「…岡くん…いやなのか…」
 本心を口に出すと、ひろみの返答が恐ろしくてそれ以上の言葉が出せなかった。
(君が好きだ!…君が欲しい!)
 言葉にはっきり出せばいいと思いながら、どうしても決心がつかない。
 藤堂はひろみをつぶさないように体重を両膝にかけてソファに散らせる。彼女の手を解放し、両腕で抱きしめる。驚くほど細いきゃしゃな肩に顎をのせて頬を寄せた。またあの男の言葉が頭の中で響く。
(女の成長を妨げる愛し方はするな)
(一気に燃えあがってすぐに醒める恋はするな)
 かつて自分を制したあの男と自分は人間の度量が違いすぎるのか…!藤堂の目に
不覚にも涙が滲んだ。
(違う!違う違う!俺には彼女が必要なんだ…)
「…と、とう…どうさ…ん…」
 重苦しい沈黙の時間をひろみの声が破る。
「あ、あたし、あの…あたしも…あの…あのあの」
 緊張しているのかそれとも恐怖からなのか、ひろみの声はろれつがよくまわらない。藤堂は、息を押し殺して耳を澄ます。
(…コーチ!コーチ、ごめんなさい!男を待たせる女はもういやなんですっ!彼は今まであたしのことを考えてくれました…待ちました!でももうっ!いまは…あたしが待てないんですっ!)
 ひろみは自由になった両手を中空にのばすと勢い良く藤堂の背中に回した。渾身の力をこめて抱きしめた。声を張り上げる。
「あたしも好きです…藤堂さんっ!」
 


 ひろみの言葉に藤堂は心底から喜んだ。今までの葛藤から解放されて、たまらなく爽快だった。そして思いが同じならと性急にコトを進めたくなる。理性という気の利いた単語で飾られた弱気がまたたくまに弾け飛んだ。
「うれしいよ、岡くんっ…」
「あああ!…待って、待って!」
 急に勢いづき力のこもった彼の両腕からまたひろみが身をよじらせて悲鳴を上げる。不審そうな藤堂にひろみはあわてふためきしどろもどろに返事をする。顔は真っ赤だ。
「みっ、緑川さんたちがいっいま、帰ってきたら…」
「…その時はその時さ」
 自信に満ちた強気で頼もしい声。高校時代に戻らないと聞いたことがなかったような気がした。
「でっでも…んんっ」
 二度目のキスは唇を重ねあわせたただけではなかった。藤堂の舌が割ってはいってくる。温かい舌がひろみの歯列をべろりとなぞった。
「…ひっ…」
 ひろみのゆるんで開いた歯の間からさらに奥に藤堂の舌が侵入する。ひろみの口の中で藤堂の舌が蝶の幼虫のように身をくねらせてくねくねとのたうちまわる。ひろみの背筋がゾクリとした。それは冷たい水をかけられたような悪寒ではなく、微弱な電流のように熱を持っていた。

(えーっ!そんなぁっ!これってディープキス!)
 ひろみの全身から力が抜けていく。狭い口の中、逃げ場のないひろみの舌は簡単に絡め取られた。舌が動く。柔らかい舌の触感に頭がじんと痺れる。払いのけようと動かすとそれがかえって刺激になる。
(もうっ…すごいよ、まいっちゃうよぅぅぅ…)
 キスだけでひろみは完全に頭に血が上って何も考えられなくなった。正常な思考は頓挫した。
 ひろみが逃げられないよう両手で顔を挟みこみ、つぶさないよう体を浮かせて圧し掛かり、藤堂も夢中でその行為に没頭していた。 バウンドしたボールを追うよりも執拗に、正確にそして激しく動く。
 しばらくしてようやく所狭しと動き回り、征服したひろみの口を藤堂の舌が後にする。引き抜かれたそれにまとわりつく透明な唾液はどちらのものかわからない。
 今度はものいいがついて仕切りなおしとばかりに無言で剥き出しになったままの
ブラジャーに手がかかる。ひろみがまた叫んだ。
「やっやだ…やめてええっ」

 


 ひろみの悲鳴にはたと手の動きを止めて藤堂は静かに笑って見せる。
(今度は一体なんなんだ…)
 ひろみの気持ちを確信した藤堂には余裕が生まれていた。本当は自分もよくわからないが、あわてたところを見せないほうがなんとなくうまくいく気がする…経験もないのに奇妙な自信が芽生えていた。
「どうしたんだい?」
「こっ…こんなに明るいのにイヤですっ!恥ずかしい!あたし日焼けして真っ黒なのに」
 真っ黒というより真っ赤になったひろみが懸命に抗議する。予期していなかったひろみの反応が本当におかしかった。
「アハハハ、ハハハ」 ついぞここまで笑ったことがないほど腹の底から笑った。
「そりゃあ僕だって日焼けしてるさ。…それにこんなところ日焼けしていないだろ?」
 ここまでくると男女の睦みごとには程遠く漫才のやりとりにも思える。
「だめっだめえっ!明るいからいやっ!」
 ひろみはさらにあわてた。藤堂の背中に回した手を抜き取ると、藤堂の手を払いのけ自分自信の胸の上で固く腕を組んだ。
「やだっやだ…だってあたしあたし…ちっちゃいんだもの…」
 聞き取れないくらいに小さくなる。
「え?」


 きょとんとした藤堂にひろみはなぜか苛立ちを覚えた。
「とっ…とにかく電気は消してください!そっそれに…なにもここじゃなくても…」
 ベッドがあるじゃありませんか…とんでもないことを言いそうになってあわてて口をつぐんだ。
(なんだか本音が言えない、いい言葉が見つからない!もうっ自分でもわけわかんない!ひろみのばかばか!)
「岡くん…恥ずかしがることないよ…僕だって心臓バクバクもんさ、ほら」
 藤堂がひろみの片手を取り自分の胸に押し当てる。 
「…えっ」
 早鐘のように打ち続けられる鼓動が服を通してもはっきり伝わってきた。 
「…こわがらないで。恥ずかしがらないで…君が緊張していたら僕も困るよ。それに…」
 藤堂が視線を体の下に落とす。ひろみもそれに促され下を向く。 ひろみがあっと小さく声を上げると恥ずかしそうに藤堂を見上げた。
「君のこと考えるとね…しょっちゅうだよ。いつだっけ、テニス部の合宿のときに君が川に落ちて服脱いでいるとこに出くわしたときも…あの夜は眠れなくって苦労した」
 藤堂も頬が赤い。どうしたらひろみの緊張をときほぐすことができるか精一杯に考えての行動だった。


 


(すごい、男の人ってこんなになるんだ…)
ひとりっ子で幼い頃に父親と入浴したくらいしか男性器を見たことがない。ズボンのフロントがはちきれんばかりに膨らんでいる。
(あたしったらなにひとりで騒いでいるんだろう…でもあたしの胸の大きさはどうにもならないぞお)
「でっでもでも、あたし胸ちっちゃいから…恥ずかしいんです。藤堂さんお姉さんいますよね?」
 昔藤堂の姉とは一度だけ会った事がある。社会人らしく大人で綺麗な女性だった…。
(岡さんて貴之のいってたとおりの人だわぁ)
 今にして思えばお姉さんにあたしのことなんていっていたんだろう?考え込むひろみを尻目に藤堂が吹き出した。
「…姉さんがいたって胸なんか見せてくれるわけないじゃないか。アハハ…君は面白すぎる!ハハハハ」
 藤堂はすっかり拍子抜けし大笑いした。どう反応していいかわからずにひろみは返事もせず固まっている。仕切りなおしとばかりにもう一度ひろみに覆い被さった。胸の前で腕を組んだままのひろみを抱き締める。
「…こんなに明るい君が泣いて苦しんでばかりで見ていて本当に辛かった…」


 藤堂もまた未知の体験には躊躇してしまう。余裕のある態度も自分がリードしているという自負もすぐに崩れてしまう。感情の起伏が激しくなっていた。
「選手に選ばれて女子部員から冷たくされて、宗方コーチの特訓でひとりだけ居残って、お蝶夫人とダブルスがうまくいかなくて…いつも好奇の視線で見られて」
 ひとりで泣いていたときに心配して優しく声をかけてくれた藤堂さんが、ここにふたりきりで傍にいる!自分を抱きしめてくれている。あたしはひとりじゃない!
「だけど明るくて、優しくて、僕は見ていることしかできなくて…いつもいつも…宗方コーチの死に直面したときですら」
 違う!誰もかわってくれることできなかった!自分一人で乗り越えるしかなかった…。
「君はすごくて…いつのまにかテニスでも君に追い越されてしまってた…」
 違う!あたしひとりではここまでやってこられなかった!
(人生はひとりきりのもの。誰でもこわい。テニスの試合と同じ。本音でぶつかっていけばいい…飾ることなんか必要ない、今は今は…ええいっあたしがビシっとしなきゃ!あたしが一歩前へ踏み出すッ!)
 試合に臨むと突然度胸がすわる…持ち前のひろみの性分が不安定な状態を前進させた。
「…藤堂さん、そんなこといわないで…あたし…あたし…藤堂さんでないと…だめだから…だめだから…んんっ」
 言葉よりも態度で示すとばかりに藤堂の唇がひろみの唇をふさいだ。
 


 藤堂はひろみに何度も口付けを落とす。ひろみの唇にわざと音を立ててわがままに吸い付く。唇だけではあきたらず額に頬に耳にと好き勝手に。
 首筋へのキスは吸血鬼が牙をたて血を吸い取るようだった。
(もう…止まらない、止めることなんてできない!)
 ゆるんで弾け飛んでしまった“たが”のように、衝動を抑えることができない。
 息も絶え絶えになりながら何度も激しく、雨のようにキスを降らせる。
「…はあっ、あぁぁぁんっ、ううっ…」
 藤堂の腕の中で、バタバタともがきながら、ひろみも拒みはしない。鼻にかかった甲高い声がさらに甘えて艶を帯びてくる。
(もう…どうなってもいいや…すっごく気持ちいい…)
 ひろみは興奮し完全に頭に血が上ってしまっていた。
「…わかったよ、岡くん。わかった…」
 頬を寄せながら、藤堂が耳元で囁いた。
「ええっ…なんですか…?」
 すこし呆けた調子でひろみが聞き返す。
(君のリクエストにこたえられないほど無粋じゃないさ)
 恥ずかしくて、キザったらしくて口に出すのがはばかれたが、思い切って口に出してみた。
「…その、ソファはいやなんだろう…ベッドに行こう…立てるかい…?」
 ひろみは、待ちに待っていた提案を受け入れる。無言でコクンと頷く。

 寄り添いあいながら
ふたりは立ち上がった。
「電気のスイッチ、どこなんだい…」
「ベッドの間のサイドテーブルですぅっ…」
 服を脱ぐのがこんなに厄介で時間がかかることとは思わなかった。
(あたしは…あんまり着ていないからすぐだけど…)
 ふたりは無言で、ひろみの使っているベッドに隣り合わせで座っている。
 ひとりで藤堂が服を脱ぎ始めた。トレーナーにシャツ、ズボンとおまけに感じられる靴と靴下…手伝うのもなんだか恥ずかしくてひろみはひとりもじもじしていた。やり場のない視線を自分の太股の上に組んだ両手に落とす。
(あたし…トレーナーとスパッツの下はすぐ下着だもんな、裸足だし、これじゃあすぐ裸になっちゃう。ん…と…スパッツだけ脱いじゃおう)
 藤堂の様子を横目で耳をすまし、伺いながらゆっくりと尻を浮かせてスパッツを脱ぐ。
 藤堂もアンダーシャツを脱いで上半身裸になった。
(わあっ…すっごい、男の人って全然体格違う)
 初めて目にした藤堂の裸の胸がまぶしくてひろみは目を細めた。余計なこともすぐ気付く。 
(そっか、白か…そうだよなあ、藤堂さんもテニスウェアのパンツ、白だもの。色とか柄物だったら透けちゃうよなあ…)
 ぼんやりとしていたひろみのトレーナーの裾に藤堂の指がかけられた。
「えっええ、あの…はい…」
 おとなしくひろみは両腕を天井に向ってゆっくりと振り上げた。

 
 
 幼い子が親に服を脱ぐのを手伝ってもらう要領で、ひろみの身につけていたトレーナーが裏返しになって頭からすっぽり抜けていく。ひろみはためらいがちに腕を胸の前で軽く組む。
「…岡くん…」
 もうそれ以上の言葉が出ない。藤堂の喉がゴクリと鳴った。背中のブラジャーのホックに手がかかる。うつむくだけでひろみは何も答えない。
 いとも簡単にブラジャーのホックがはずされて、ひろみの胸を支えていた圧力がなくなった。ひろみがブラジャーを自分で外した。ストラップが肩からずり落ち、両腕からそれが引き抜かれていく。
 無造作にベッドの周りにふたりの衣類が脱ぎ散らかってしまっている。
 ひろみは照明が明るいため、すぐに腕で胸を覆ってしまう。
 すがるように藤堂を仰ぎ見た。今にも泣き出しそうなほどに大きな瞳が潤んでいた。
 藤堂は無言で静かに頷く。ひろみをゆっくりと慎重にベッドに押し倒していく。 

 ひろみと蘭子の使うベッドの間にサイドテーブルが備え付けてあった。
 同じホテルに宿泊し、部屋の装備はほとんど同じ…藤堂が部屋の電気を消していく。 ひろみはベッドに仰向けに横たわったままで待っている。
 藤堂が四つん這いになって腕を伸ばし、サイドテーブルのツマミやスイッチを操作している。うるさかったテレビも黙ってしまった。
「あ…全部消してください…」
 枕もとのスタンドだけは照度を落しただけで完全には消されていない。オレンジ色の優しい光が残されている。
「…いやだよ。これ以上は応じられない。作業はすべて完了しました」
 軽口をたたきながら藤堂がひろみに折り重なった。
 ひろみはまだ胸を覆い隠したままで、ぷうっと頬をふくらませてみせた。
「けっこうイジワルなんですね…」
「だって真っ暗じゃ何も見えないよ。それは困る」
 薄明かりにでもわかるほど頬を赤く染めたひろみが、微笑む。ゆっくりと腕を左右に押し開いた。


「綺麗だよ、岡くん…」
 裸の胸と胸が触れ合う。あたたかくて、いつもよりリズムの速い規則正しい鼓動が伝わってくる。
 何度触れ合ったかわからない唇がまた重ねられた。今まで躊躇していたひろみも、積極的にこたえ、自らの舌をつきだす。ふたつの舌が軟体動物のようにひろみの口の中でクネクネと絡みあう。
 唾液を注がれるとさすがにひろみはうめいた。生暖かいがさらさらとしていて簡単に飲みこめた。ひとしずくもこぼさまいと懸命に飲み干す。
 生まれて初めて異性に見せたひろみの、ふたつの胸の隆起が、藤堂の大きな掌にそれぞれおさめられた。
 ひろみの乳房は大きくはないが引き締まっていて肌に張りがあった。テニスボールのように弾力に富んでいる。なめらかで藤堂の指の腹に吸い付く。その感触を楽しみながら、強弱をつけてゆっくりと揉みしだく。
「…ううっ!うううっ!」
 口を塞がれたままのひろみが言葉にならないうめき声を上げる。 甘い疼き全身を駆け巡る。体が勝手に反り返った。指と指にその先端を挟まれると、電流が走った。触れられた乳首が突然しこり、固くなる。ひろみが刺激にこらえきれないとばかりに首を振る。

 藤堂は、ひろみの体側を挟んで、膝をつき被さっている。お互いアスリートとして鍛え抜かれた体躯を持つ二人だが、男女の体格の差は歴然だ。
 ひろみの細身の肢体は、簡単に覆い隠されてしまう。
 藤堂の唇はひろみの唇を解放しない。ひろみにどんなに動かれても器用に吸い付いたままだ。
 ひろみの若い乳房をそれぞれに捉えた両の掌もまた、滑らかで柔らかい肌を逃しはしない。
 初めて触れた女性の胸の柔らかい感触と固く尖った先端の異質の感触に気分を昂ぶらせていく。
(小さいとか大きいとかこっちもくらべようがない…なにせ見たことも触ったこともないんだから)
 ひろみの懸念を口にするほどの無神経さを、藤堂は皆目持ち合わせていなかった。
 なによりいまは快楽の行為に没頭することに夢中で、口も手も塞がっている。
 ひろみもまた、絶えず加えられる痺れるような愛撫に、顔を振り体をくねらせながら、藤堂の首に巻きつけた腕をほどこうとはしない。
 むしろ刺激を受けるたびに反応して力がこもる。勝手に指は藤堂の頭に取り付いて、髪の毛に潜りこませていた。無我夢中ではなすまいと取りすがっていた。
 ぎこちない抱擁とはいえ、本能がお互いを求め合う。
 ちゅぱっ…
 シールの裏の粘着シートをはがすような派手な音を立てて、藤堂が自らの唇を今まで吸い付き合っていたひろみのそれから引き剥がす。
 

「はっ…はあぁぁぁっ…」
 ひろみの大きな目が見開かれる。
 藤堂の瞳に自分が見える…お互いの瞳にそれぞれの姿を映すことが、こんなにうれしいとは…うっとりしているひろみに、藤堂は静かに微笑むと、ひろみの白い喉に口付けを落した。
「やあっ…」
 小さくうめきひろみが喉を反らす。枕に頭を打ち付けるひろみに構わず、藤堂の唇がゆっくりと肌を這って下に下りていく。
「…うあっ…ううっ…」
 熱は下がったはずなのに…ひろみの体は全身が熱く火照っている。
 両の乳房への攻撃は止まない。乳首も指で挟まれしごかれ引っ張りあげられて、勃ち上がってしまい熱く疼いている。
 藤堂の頭がひろみの胸の谷間に沈んだ。しばらくして、その頭が浮き上がる。
「…飛び出してる…かわいいね…かわいい…」
 藤堂の言葉にひろみの頬はさらに赤みを増した。
「ひっ…アアッ!」
 予期せぬ行為に沈黙はすぐに破られる。自由になったひろみの口から甲高い悲鳴が上がった。
 藤堂がひろみの勃ちあがった左の乳首を口に含んだのだ。 
「!やあッ…!アアッンッ!」
 ひろみはのけぞり、自分自身をベッドに打ちつける。潜りこませたままの藤堂の頭に指の腹をめり込ませる。

 
「うあッ…そっそんなぁ、ひゃあっ!やっ…やめてェ!そんなこと…ハアァァンッ!」
 きつく乳首を吸い上げると面白いようにひろみが喘ぐ。吸い上げるたびに、藤堂の髪の毛の地肌に取り付いたひろみの指に力が込められるのが面白い。
「やんッ…やだ、やっああんッ」
 もっと甘えたひろみの声が聞きたくて、舌の愛撫が激しくなる。
 藤堂のひろみの両脇から寄せた両手がうねる。ひろみの右の乳房は揉みしだかれ、先端は指で挟まれしごきあげられた。くすみのない薄桃色のそれは、天に向って屹立している。
「ああッ…やめ、やめてえぇぇぇん…」
 ひろみの哀願に藤堂は耳を貸さない。無視して両手は乳房を嬲る。揺すられる胸にむしゃぶりつく。含んだ乳首を舌でチロチロと舐めまわ
す。
「ふっ!ふあ、うあっ…」
 加えられる刺激が変化すると、ひろみの悲鳴の調子もまた変わる。
(…噛んでみたい)
 藤堂の口に含まれたままの左のそれが今度は軽く歯を立てられる。
「いいっ!きゃあんッ…」
 猫が擦り寄って甘えてみせる声に似ていた。

(やっやだあ!あっあたし、ゴエモンみたいな気持ちの悪い、甘えた声だしちゃってぇ…嫁猫とじゃれてるとヘンな声出すんだよなあ)
 その飼い猫の愛猫ゴエモンも今は立派な父親だ。
(…とっくの昔に猫に先を越されてたのか、あたし…)
 どうでもいいことにひとりあきれ、感心しているひろみを、藤堂の声が現実に引き戻す。はたと刺激が止まった。藤堂が顔をあげて笑ってみせる。
「…そんなにいやがらないで。赤ん坊と一緒だよ。やってることはおんなじだ…」
「えっ…きゃあッ!あぁん」
 真面目に聞き返すひろみに構わず、今度は残された片方の胸に藤堂が取り付く。
「あひいっ!あっ…赤ちゃんはこっこんなことしませんっ!そっそれにぃ…こっこんな大きな赤ちゃんは…いませんッ!あああ!」
 頬を紅潮させて、息を弾ませながら、ひろみが叫んだ。
 両腕を藤堂の首に巻き付けて、ひろみが大きく体を揺する。
 ひろみの胸に取り付き、乳首を咥えたままで藤堂の肩が笑いをこらえきれず震えていた。

(なんでこうも楽しいんだ…)
 ひろみといると、自分の限界も、将来への不安も吹き飛んでしまう。
(不思議な子だ…何年たっても、どんなにつらい思いをしても明るくて強い!…男にすがるだけの弱い女ではない!そんな子じゃない…!それだけは宗方さんの見込み違いだ)
 笑いをこらえきれずもう一度顔を上げた。
「そうだね、ホントにそうだ。ハハ…」
 ひろみは頬を真っ赤に染めて黙ったままで大きな目をくりくりさせている。愛嬌のある、可愛い仕草だ。
(君は最高だよ、岡くん!)
 ひろみに真面目、理性的で大人と評される藤堂が意外なほどの茶目っ気を見せる。
「それでは僕も赤ん坊ではないからして…」
 藤堂の片方の手が、とらえていたひろみの乳房をはなれた。指が滑らかな肌の上を這い下へ下へと降りていく。ひろみがまた悲鳴を上げる。 
「な!ちょっ…ちょっとそんなぁ…あああ…!」
 ひろみの体を覆った最後の砦にたどり着く。ブラジャーと同じ白。少女らしさを感じさせる白。
「やっやだ…やめて…あぁ…」
 藤堂の指がショーツの上を這いずり回ってひろみの体の中心を探り当てる。布越しにくぼみを指の腹で押されると、ひろみは今までにない甲高い嬌声をあげた。

 
「アアアンッ…アハンッ!」
 触れられた箇所がくすぐったなりジンジンと疼く。ひろみの体の奥にまで疼きが響き熱くなった。
(なにこれ…なんか体がヘン)
 ショーツと触れる体の部分がねっとりとした潤いを帯びているのがひろみ自身にもわかる。
(いやだ、あたしったらいやらしい…恥ずかしいっ!)
 ひろみの胸にむしゃぷりついていた藤堂も次の行動にでる。ひろみの胸を解放し、自らゆっくりと移動を開始する。気がついたひろみが大声を出す。
「ああぁぁッ!なっ…なに?そんなッ!もう…もうやめてっ!藤堂さんッ!」
 ひろみは両腕を伸ばして藤堂の頭を引き寄せようとする。その場にとどまらせようとしたが手遅れだった。
 藤堂がひろみの下半身に向って体をずらしていく。ひろみの体の中心を捉えていた指はいつのまにか脇に移動し、ショーツの両端にそれぞれ指がかけられていた。
「やっ!やめてぇ!ハアンッ!」
 暴れるひろみを制するかのように、藤堂の舌がひろみのヘソを舐めあげる。
「こっこんなの…そんなぁ…はっ…はずかしいですううっ…」
 大声でわめき散らかすひろみだが、抵抗などしていなかった。ベッドに強く尻を押しつけていたのはほんの最初の僅かな時間だけで、あとはわあわあ騒ぎながら、自ら尻を浮かせていた。


 藤堂がゆっくりと、指にかけたひろみのショーツをずり下ろしていく。
「いっいやだ!恥ずかしいっ!やめてやめてッ!もうやめてッ!許してえぇぇ…!」
 顔を真っ赤に染めて首を振り、悲鳴を上げるひろみだが、言葉と行為はすこしも一致していない。藤堂のなすがままに任せている。
 両手は枕の裾を引き掴み、両足はガクガクと震わせているが、反抗の意志はない。藤堂を突き飛ばすことも、蹴り飛ばそうと足を振り上げることもない。
(彼女がすこし心配だけど…思い通りにさせてもらう…) 
 弱気と不安はいつもの落ちついた声で封じこめてしまう。
「なにをいってるんだい…まだなんにもしていないよ。これからだ…」
 いやだ、やめてと騒ぎながら、ショーツを脱がせやすいようひろみも協力しているのはわかった。
(俺がどっしりしていなくてどうする…彼女を不安にさせちゃいけない…)
 ひろみを不安にさせて動揺させて、アメリカにまで来させた自分の不甲斐なさをひたすら悔やむ。
 藤堂にはひろみのどんな仕草もかわいらしくて、いとおしい。
 あまりにもうぶで世慣れない様子に正直自分も戸惑う。ひるむ。一抹の後ろめたさも感じる。
(勝手な男だと罵られてもいい!今思いを遂げられなくてどうする…!今は自惚れてろ!彼女だって望んでる!)
「じっとして…」
 ぴったりと両膝の頭が合わさったひろみの足から、ショーツが音もなく抜き取られた。
「…やあぁぁぁんっ、いやあぁ…」
 ひろみの悲鳴が弱々しくなった。


「あぁぁぁ…」
 ついに生まれたままの姿にされたひろみは、恥ずかしさののあまり両手で顔を覆った。全身が震える。身をくねらせる。
(どうしようッ!これからどうなるのあたし…?どうなっちゃうのよぉぉ?)
 想像だけの未知の世界を体験するのだ。初顔合わせの相手と試合する直前の緊張感と同じだ。
(こんなに恥ずかしがって…かわいい…)
 藤堂は無言でひろみに優しく微笑む。
 小さな最後の傷害物をベッドの上からうち捨てて、すぐに次の行為を実行に移す。
 藤堂の両の掌が今度はひろみの両膝をそれぞれとらえる。驚くほどひろみの膝頭は小さかった。掌にすっぽりとおさまってしまう。
「えっ…」
 ひろみが小さくうめいて両手を顔からはなした。
 藤堂が力を込めて、ひろみの両足を左右にぐいと押し開いた。
「あああっ!いやああああッ!」
 

「きゃあああ!やめてえぇぇぇっ!こんなのっこんなの恥ずかしいっ!やめてったらあッ!ねえっ!藤堂さんっ!」
 悲鳴と絶叫はたいそうなものだが、ひろみはすこしも反抗していない。自由な両手は、体側に置かれベッドの敷シーツを掴んでいるだけだ。
 抵抗しないひろみの態度をいいことに藤堂はひろみの両足を押し広げ、頭をひろみの股間に潜りこませる。ひろみの細いウエストの両脇を両手が引き掴む。
 ひろみは両膝を立てMの字に開脚させられた格好だ。
 誰の目にも触れさせることのない秘密の場所が、藤堂の目の前に晒されてしまっている。
「ああぁ…そっそんなとこ見ないで見ないでぇ…」
 ひろみは激しく首を左右に振った。頭のてっぺんにまで熱い血が上ってきて今にも爆発しそうだった。それと同時に、見つめられている体の中心もどんどん熱を帯びていく。
「ああっ…なんだか、あたし…おかしくなっちゃうよぉ…ああん…」
 病み上がりとはいえ、体力のあるひろみが切なく息を切らす。
 体の中心のずっと奥に火がついて、生暖かい液体がロウのように溶け出しているようだった。


 照度の落とされたライトだけがベッドを照らしている。ひろみの荒い息遣いがほの暗い部屋に充満していく。
「あひいっ…あはあっ…」
 ひろみの腰から藤堂の両手がはなれた。滑るようにその指がひろみの腹から太股の付け根、肌を伝い動く。
 ごくうすいひろみの髪の毛と同じ黒い茂みをかき分けて進む。さらに内股へと忍びこむ。
「はあっ、はあ…はあはぁ」
 ひろみの両足の付け根に頭を潜りこせたままの藤堂が呟いた。
「…もう僕はおかしくなってるよ、岡くん」
 そう、俺は狂っている。今まで聞いた事のない尖った彼女の声をもっともっと聞きたくてたまらない。
 初めて目にした異性の下の唇。薄明かりの中でも、ひろみの女陰は鮮やかなくすみのない薄紅色とわかる。
「だから君もおかしくなってよ…」
 ぴったりとあわさった肉の綴じ目を指の腹でこじ開ける。
「きゃあッ!あひいッ!アアンッ!やあぁぁ…」
 ひろみが、感電したように身をばたつかせる。構わず柔らかく弾力のある肉をめくりあげた。指にトロリとした粘液が絡みついた。 すでにひろみの体は今まで加えられた刺激で愛液を溢れさせていた。
 藤堂の指が蜜のような粘度の高い液にまみれる。
 潜りこませた指が潤いを帯びてぬめぬめと動く。肉びらの柔らかい内側を擦る。
「やあッ…いやああッ!アアン、アンッ…やあぁぁぁぁぁ」
 ひろみはケイレンを起したかのようにぴくぴくと全身を震わせる。
 

 ひろみの秘密の場所を藤堂の指がなで擦る。人差し指と中指は、花の中に落ち蜜に足を取られバタバタと這いずり回る幼虫のようだった。動かすと、クチュクチュと音がたち周りに音がこぼれていく。
 ひろみの声がさらに切なくなる。
「もうッやめてッ!はぁぁんっ、ああん…」
 体をくねらせて喘ぐひろみの声にも、藤堂の指は止まらない。
 ひろみの抗議に構わず人差し指をほんのすこし奥に突き入れてみた。これにはひろみが飛びあがった。心地よい痺れが一瞬で吹き飛ぶほどの激痛が走る。 ひろみが大声で叫ぶ。
「きゃあああああっ!イヤッ!痛いッ!」
 ひろみの甘えた声が痛みを訴えた悲鳴に変わると藤堂もひるむ。 驚いて指を引き抜く。
「あっ…痛かったかい?ごめん…これは失敬…」
 もう何年も口にしたことのない懐かしい言葉が藤堂の口から漏れた。
(指の頭くらいしか入れていないのに…あんなに痛がるなんて…)
 いやらしい笑いが藤堂の口元に浮かぶ。

「もう、藤堂さんはひどいっ…」
 ひろみが鍛えられた腹筋をつかって上体を起す。
 いまだ自分の股間に取り付いて顔をベッドの床に沈めたままの藤堂の髪の毛を引っ張った。もちろん本気ではない。加減はしている。
「アチッ…だからすまないって…」
 顔をあげずにわざとらしい呻き声を出す藤堂に誘われてひろみも思わず笑った。
(あぁ痛かった。刺されたみたいだった…)
 ひろみは顔をしかめていたがすぐにはっとして真っ赤になる。
(でも…でもあたしは…あそこに…)
 想像するだけで頭がくらくらした。
 藤堂もまた、伝聞と推定だけの未体験の知識は想像の域を出ない。
(ぶっちゃけた話痛がるのは人それぞれらしいけど…)
 ただこの確信は男にとってこのうえない喜びだ。最初の男になれるのだ。すでにはちきれんばかりに膨らんだ分身がピクンと脈動する。
 指に纏わり付き吸い付くようだった柔らかい肉の感触はそう忘れられない。あの中に突き入ることを妄想するとたまらなく興奮する。
(気持ちがよさそうだ…)
「すまなかったね、おわびに…」
 ひろみの溢れさせた粘液にまみれた指がひろみの太股をしっかりと抱え込む。
「えっ…ちよっちょっと…あひゃああッ!あああああああっ」
 藤堂の予期できな行為にまたひろみの甲高い嬌声があがる。


 藤堂が力任せにひろみの太股を引き寄せる。荒い息吹をまともに体の中心にうけてひろみの背中を電流が駆け上がった。
「やあんんっ…きたない、いやああぁぁ」
藤堂の唇はひろみの下の唇を捉えゆっくりと、己のそれを押し付けていた。悲鳴と共にひろみが暴れる。両足を揺すり、膝の内側が藤堂の体側を何度も叩きつける。
「だっだめえっ!そっそんなこと…あああっん…きたないッ!あたし寝こんじゃったからぁ…シャワー浴びてないんですぅっ、はあぁんっ!…やああぁぁっ、はあぁん…」
 藤堂は無言でひろみの下の唇に吸い付く。 ひろみの足の力は抜けて、せわしく喘ぐだけになり言葉が続かなくなった。
 舌の先で肉ビラを小突かれる。ちろちろと舐めあげられると、力が入らなくなり足の反抗が一切できなくなる。
「やあッ…やあんんっハアッ!」
 喘ぐひろみに構わず、藤堂は舌で肉の合わせ目をめくりあげた。
「あああああ!!」
 上体を起こして後ろに両手をついていたひめみが喉を突き上げ、体を反らせた。
 刺激をこらえきれないとばかりどうと勢いよく倒れこむ。
 自由な両手は手近にあたるシーツを強く握り締める。
「やん、いやん、やあぁんっ…」
 ひろみの体勢が変わろうとも、藤堂は顔をはなそうとはしない。
 局部にへばりついたままで藤堂がビチャビチャと音を立てて舌でひろみの流した蜜をすくいとる。ひろみの飼い猫が、皿に注いでやったミルクをすすり飲むカッコウと同じだ。
(ど、動物だよ、これじゃあ…でも人間も動物かァ…)
 息を切らしながらひとりで納得しているひろみをさらに新たな刺激が襲う。
 

 藤堂はすでに己の舌で征服した花弁の奥に位置したひろみの花芯の入り口を捉えている。
(くすみがない…綺麗なピンク色)
「ハッ…ひいいいいいッ!あはあっ!やっ、いやあッもうやめてぇッ!ああんッ」
 べろりと舐めるとひろみが尖った声を響かせ、全身をくねらせる。
(植物…ランの花に似ている?)
 見たことのないものをたとえるのは難しい。豪華に花弁を広げて咲くランの花の中心を覗きこんでいる気分になった。
(違う、花はこんなにはやく動かない。ピクピク動いている…)
 ピンク色の肉は絶えずうねりヒクヒクと小刻みに動いている。
 藤堂の舌がついにひろみの体の奥へ挿し込まれる。
「ハアッ…アフゥゥゥンッ!」
 ひろみが今までにない声でさえずってみせた。艶のある愉悦の込められた甘えた響き。
 抵抗はなかった。舌は粘液に押しつつまれ滑るようにするりと呑みこまれていった。
 柔らかい軟体動物が、弾力のある柔らかい肉の壁の中をのたうちまわる。肉の壁を嬲りながら奥へ奥へと這い進む。
「きゃああああッ!だめっ…だめェェッ!あああ!あぁぁぁんッ」
 

 藤堂の舌を体に含ませたままで、ひろみの体は激しく揺れ動く。大海に
漕ぎ出した小舟のように。シーツの波間にバタバタと行き場を失った両手
をたたきつける。
「やあっ、もうやめて…ああん、あん…はあぁぁぁん…」
 口ではやめろと絶え間なく懇願するが、足は開いたままだ。体の中心に
取り付いた藤堂を払いのけることはない。
 ひろみの両の足首から太股へゆっくりと手のひらを這わせながら、藤堂
の頭がひろみの股間の奥へと進んでいく。ひろみの肌はどこもすべるよう
にきめが細かい。
 藤堂はひろみの細い腰をしっかりと引き掴み、ただ夢中で舌での愛撫に
没頭している。
 花芯の入り口から忍び込ませた舌が、さらに奥へと這い進む。抵抗はま
ったくない。ひろみがすでにこぼした甘酸っぱい香りが藤堂の鼻をくすぐる。
「とっ、とうどうさん…うあっはあああんッ…」
 口のふさがった彼から返事は当然ない。ひろみはうわごとのように甘えた
声で彼の名前を呼び続ける。
 体の内側に加えられる甘い痺れをこらえきれず、自然と足の裏に力が入る。
 ベッドのスプリングの効いたマットは柔らかく、ひろみの反応に微かに
きしんだ音を立てる。
 藤堂の舌がその付け根まですっぽりとひろみの体の中におさまってしま
った。すぐさま柔らかい肉の内壁が柔らかい舌でなぶられる。入り込んだ
なま暖かい湿った異質の軟体が自在に動くと、それにあわせて圧迫される
場所が絶えず移動していく。
 快感以外の何ものでもなかった。今まで加えられたことのない甘美な刺
激に甲高いひろみの悲鳴がこぼれる。
「…きゃああああんっ、すごい…すごぉぃですう…はぁぁん…」
 のどをそらせてひろみが喘ぐ。ひろみの体の奥で火がついた。熱く疼き
なにかが溶け出した。
「やっやあんッ…もう、もうっだめえっ…」
 誰にも聞かせたことのない甘えたさえずりとともに、ひろみは花芯の奥
から極上の粘度の高い樹液をこれまでにないほどどっぷりと漏らした。

 大量にあふれかえったひろみの蜜を掬いきれず、藤堂は退散した。それこそ
首の伸び縮みができる亀が甲羅に引っ込めるように舌を引き抜く。
 勢いで顔面のそこかしこからいままでいたひろみの中と同じ匂いがまとわりつく。
「…う」
 思わず声が漏れた。ひろみは首を起こして、藤堂を見下ろしている。様子を伺っている。
(ねばっこい…)
 舌で掬いきれなかったひろみのこぼした蜜が口元にもからみついている。とろりとした粘りのある
体液を乱暴に手でぬぐう。
「すごい。景気がいいね。それにうまい」
 とんでもなく下品で乱暴な口ぶりだと藤堂自身も思う。どこか
おっかなびっくりではありながら軽口がたたける。今までの接し方が飾られているように感じた。
「ええッ…もう、なんてこと言うんですかぁ…藤堂さんは」
 顔を赤らめたひろみもまた軽く笑みを見せる。
(きっと、彼女は俺をうけいれてくれる…)
 肉体関係を結んでしまうとひろみが傷つくのではないか、日本を離れて生活しているいま、今後のこと
はどうしたらいいか、はやすぎるかもしれない…あれこれ気に病んでいた不安はとうの昔に、どこかに
ふっ飛んでいってしまった。
 藤堂は上半身を起こし膝立ちになる。ウエストのゴムに指をかけ急いで邪魔なブリーフを脱ぎ捨てる。
 ひろみの想像通り、白い短パンにひびかないように選んでいる無地の白だった。

 お互いどうしてここまで時間がかかったんだろう。好きなんだからいつかは生まれたまんまの裸になって、抱き合うことに
なるかもしれない。藤堂さんが望めばそうなるかもしれない。
(そんな関係を望んではいない…ただあたしがどうしても会いたかったから)
 予期せぬときに現実として体験することになると心の準備などできてはいない。でもひろみは素直にうれしかった。
恥ずかしさはもちろんある。そして未体験の恐怖もある。何より強い好奇心と深い喜びがある。
(…素敵…藤堂さんと…ひとつになる…)
 日本を飛び出したとき今の状況は想像してはいなかった。いつかはそうなるかもしれない程度だった。
現に発熱して寝込んでしまっていたのだから。
 今回体調を崩したことについて、マキには死んでしまいそうと泣き言を手紙にしたためるつもりだ。
(死んじゃいそうだよ…死んでもいい…ダメよ!いま死んだらおしまいじゃん)

 のぼせてしまって放心状態のひろみにゆっくりと藤堂がのしかかる。たくましい両腕に抱きかかえられ…ひろみもまた力の限り
抱きしめる。裸の裸の胸が重なり合う。胸のふくらみが押しつぶされて、その感触が心地よい。ふたり一緒にいることが感じられて
本当に安心できる。
 何度重ねて吸い付きあったかわからない唇と唇がまた重ねられる。
「…いっしょにいこうよ、岡くん」

 聞き覚えのある言葉だった。ジュニアの強化選手に選ばれ、ひろみが困惑している時だった。
(きゅうに世界といわれても…)
 あの時も、戸惑うひろみの手を取って励ましてくれた。一緒に行こうと勇気づけてくれた。
「はい、藤堂さん…」
 他に言葉が見つからない。小さく頷いたひろみの声が震える。
(…いよいよだ…)
 時間の経つのがどこかぎこちない。ひろみは、おずおずと膝を立てて両脚を左右に足を開く。
 藤堂はひろみの両肩の上のマットに両の手のひらを押しつけて上半身を起こす。ひろみの上に折り重なった。手探りで花弁の綴じ目が指の腹でゆっくりとこじ開けられる。
「あ…」
 恥ずかしさと、触れられるとひろがる微弱な快感にひろみが首を振って喘いだ。藤堂のそそり立った分身が、ひろみが自らこぼした蜜のあふれる花芯の入り口にあてがわれる。
(指じゃない…もっと太くて…大きくて、長くて…ラケットのグリップみたい…)
 布越しに見たときも驚かされたが、男の人のモノって興奮すると全く別なものになってしまうのだ。
 ごそごそ、がさがさ…もぞもぞ…ふたりのは精一杯息遣いを整える。耳障りで余裕のない雑音。苦笑いをさそう音すらいまのひろみには崇高に思えた。
(いよいよなのだ…岡ひろみ19歳!マキ!おぬしにも話せぬ初体験なのじゃ)
 今年の夏休み、演劇部の合宿の後、マキは元気がなかった。なにを聞いても答えてくれなかった。マキとはなんでも話せる間柄だと思っていただけに、自分の存在が遠くなって
しまったのかと、ひろみは悲しかった。さびしかった。
(…だれにも話せないことってある…!話さないほうがいいこともある…)
 ひろみの心がまた成長した。大人になった。そして体も…。藤堂が腰を浮かせる。
「…いいね、いくよ」
 サーブの前に呼びかける一声となんら変わらない。さすがに返事はできずひろみは無言で首を
縦に振る。藤堂がいつもの屈託のない笑顔を見せる。
 ズチャ…、水が柔らかい肉とぶつかって撥ねたような異音だった。
「!つうッ…」
 飛び上がるような激痛に、思わずひろみの顔がゆがむ。今までの痺れるような心地よさが吹き飛んだ。
「…いたあっ…痛いっ!ああッ!やッ!やめ…」
 痛みは止まない。奥に向かって異物がめり込んでいくようだ。内側へとえぐられるような圧迫感にひろみが悲鳴をあげる。
「うあっ…ああッああっ…」
 ズッチャ…ズチャッ、あの異音はゆっくりとリズミカルに刻まれる。その音とともに裂かれるような激痛が走る。
「ヤッ!イタ!アアッ、やあっ、いやあ…」
 あまりの激痛をこらえきれず、ひろみの瞳には涙がにじんだ。藤堂を払いのけようと胸板を押して暴れた。


ひろみの思惑に反し、藤堂は動きを止めない。あろうことかひろみの両手首を掴むと
左右に押し広げてマットに押さえつけた。
「やッ!いやあっ!いやあぁ…」
 首を激しく横に振るひろみに構わずさらに奥深くに進んでくる。
「下から突き上げられる度にひろみの体が勝手にずり上がる。ヘッドボードに頭がぶつかった。
(痛いッ痛いよぉッ!どうしてっ…どうして!やめてくれないのッ!)
 ひろみは中にめり込むように侵入した異物に恐怖すら感じた。ただ痛みに耐えて、悲鳴を上げる。
「あッ…つあッ!アッアッアアッ…」
 藤堂はひろみの両手首から、己の手を滑らせてはなす。ひろみの両の手のひらと手のひらをあわせると
に交互に指をかけて強く握りしめた。
 藤堂は言葉は何も出さなかった。小さく息を弾ませただ腰を突き動かす。
 ついに藤堂はひろみの中に己の分身を潜り込ませてしまった。
 太股と太股が触れあう。藤堂はひろみの上に体重を散らせて突っ伏してみせる。
「はっ…」
 異物の歩みが止まった途端、痛みが止んだ。引きつらせていた眉が穏やかな稜線に
戻っていく。
「…はいったよ、岡くん…」
 藤堂の声が歓喜に満ちて震えていた。その声にひろみも視線を腹の下に落とす。
(!すごい…!あんなに大きかったのが全部あたしの中に入っちゃってるう!)
 ただでさえ大きなひろみの瞳がさらに見開かれた。
(藤堂さんがいま…アタシの中にいる…えっ?いまふくらんだ…?)
 内側からの圧迫感に不思議なほど満ち足りたものを感じて、ひろみは穏やかな気分になった。
(あたしったらあんなに騒いで…でも痛かったんだもの)
 ふたりの荒い息遣いが部屋に充満している。藤堂が呼吸を整え先に口を開いた。
「ごめん、ごめんね…岡くん。僕は…気持ちが良くてやめられないんだ…」
 申し訳なさそうに、しかしうれしそうな表情で藤堂がひろみの顔をのぞき込んでいた。
「その柔らかくって…温かくて…それがつかずはなれずまとわりついて…」
 ひろみには藤堂の説明がわからない。
(ええい、もうやめだ!口で言うより動いた方が気持ちが良い)
「きみには悪いけど、止められそうもないんだよ…動くね」
「えっ、そんな…アアアッ!ヒイイイッ!」

(…きつい…)
 ひろみの中はきゅうくつでたまらなかった。藤堂自身を温かい肉の壁が柔らかく押しつつ
んでいる。その肉の壁が収縮してぴったりと貼り付いたようにまとわりつく。温かいひろみの
粘液は、潤滑剤の役目を果たし、さらに奥へ奥へと藤堂を誘う。
「あっあんっ!やあっ!あぁぁんっ!だっ…だめえっ!うっ動かさないでぇぇ」
 可哀想に、ひろみは自分が動くたびに悲鳴を上げる。腰をグラインドさせ、体の奥
めがけ突き動かすと、そのたびにずり上がっていく。
(これが動かさずにいられるか!)
 藤堂にひろみに声をかける余裕はなくなっていた。己が快楽を得るのに没頭していた。
 擦れる肉の壁は場所によって起伏に富んでいる。細かいひだを持った面から、カリの
先がざらざらした部分にたどりつく。
(…すごい!!)
 ブツブツと起伏した面に触れ、擦っていくと、飛び上がりそうな快感に襲われる。
(おんなのひとって…中って…こんなに気持ちのいいものなのか…)
 己の指や布団なり…渡米しからはもっぱらシーツで得るひとりの快楽とはまったく違う。
男なら誰もが知っているひとりの快楽。
 達した後の喪失感と後ろめたさを、今夜は感じることはないかもしれない!
 自然と突き上げる速度が増していく。そうするとのぼりつめる直前の大波に今にものみ込まれそうになる。
(いやだ!まだ…)
 だれに教わったわけでもないのに、速度をゆるめ、動きを変える。腰で弧を描き、
ひろみの中へらせん状に身を沈めていく。
「アアッ!…はぁっ…ハアアンッ!」
 ひろみが動きに合わせて悲鳴のリズムを変える。


「うあぁっ…ああぁんっ、つあっ、ああんっあんああっん…」
 ひろみが腰の動きに合わせ、さえずってみせる。
 外出している千葉鷹志と緑川蘭子の二人がいつ戻ってくるかわからない。
テレビも消してしまって時間はわからない。照明を明るくして時計を見るつもりも
…ひろみの部屋に入ってしまってからどのくらい時間が過ぎたのかわからない。
(今はこれでいい…)
 ひろみの体の中に押し包まれていたい。腰を揺すって…円を描いて…8の字に
動かして…ひろみの中を掻き回していたい。好きに肉の壁をなぶっていたい。
(…このままずっとつながっていたい…)
 腰の動きに合わせて…ひろみは声を上げる。
「…ああんっ!あはぁぁぁッ!やん、やぁぁぁんっ…」
 ただ痛みに耐えているだけのか、それとも衝撃が快感なのか、ひろみの悲鳴では
藤堂にはわからない。
(…もう、なんでも、やってみたい…)
 慎重で思いやりのある藤堂が、新しい快感を得たくて
ひろみに同意を求めず勝手な行動をとる。
 突然藤堂はつながったままでひろみを勢いよく抱き起こした。
「あああ?」
 ふたりは向かい合わせに座った体位になる。ふたりとも膝の頭がはなれた、行儀の悪い正座だ。
「…え?ああっ!…アアアッ!」
 さらに体の奥を貫かれてひろみの声がさらに高くなる。
 目の前に晒されたひろみの胸の谷間に藤堂がむしゃぶりつく。下から上へゆっくりと動く。


 ニューヨークのアパートを引き払い、空港近くのモーテルでひろみにあてた
手紙。ひろみに送ることなく己の手で握りつぶした手紙。
(どうしていますか、岡くん。僕は今まいっています。とても落ち込んでいま
す…君に逢いたい…)
 こんな弱音を吐く自分の手紙を読んでしまったら、ひろみはどんな顔をしてみせる
だろうか。 いまにも泣き出しそうなひろみはなぜかいつも裸だ。想像するだけの無論見たこと
のない裸。
(馬鹿っ!しっかりしろよ、藤堂!)
 両の拳をデスクにたたきつけても時間はなかなか進まない。日本を離れ、家族も
友人も知り合いもいない。一人ただひとり。いらいらして椅子から逃げるように立ち上がり
またベッドに突っ伏す。情けないことに手はすぐに股間に向かう。 頭の中では、自分はなぜかひろみの上にのしかかっている。慣れた手つきですでに硬直した
己の分身を外へ解放する。
(くそっ…)
 ひろみが腕の中でいやいやをしてみせる。だがすぐに笑顔を見せ両手を大きく開き自分を迎え
入れてくれる。己自身を己の指でしごくと、快感が罪悪感すら吹き飛ばす。
 スポンサーの資金援助をいっさい断って日本を飛び出してきた自分。試合に勝た
なければいずれ資金は底をつく。女を買って性欲処理をする金もヒマもないのだ。
(何よりテニスで生活していくつもりなのだ。トレーニングは欠かせない。
今は自分との闘いのはず!)
 指で擦りあげる速度ははやくなり、あっというまに頂点にまで達してしまいそう
になる。見つけておいた備え付けのティッシュペーパーを…腰を浮かせ己の分身ににあてがう。
用意できる余裕がとてつもなく虚しい。
 今までもこれからもずっとこうしなければならないのだから。
(…うっ…)
 熱くたぎった血が股間から全身へ広がっていく。ひろみをまた想像の中で
犯してしまった。抵抗することもない都合の良いひろみを勝手に妄想して。
(ごめんね、岡くん…)
 ひろみがどんな反応をするかなんて本当は皆目見当がつかない。自己嫌悪に
陥り、ひたすら自分を責める。あれはすべて昔のことだ。現実はこんなに素晴らしい!
(いまは違う!違うんだ!) 

 手紙でしか連絡を取ることはできなかったのはついこの前までのことだ。会いたいと
ひとりかなわぬ事と言い聞かせ、いらついては自分を慰めていたのがウソのようだ。
 ふたりはいまひとつになっている。繋がった部分の位置と角度を変えて、刺激を楽
しんでいる。
 ぎこちなさを残してはいるが ひろみは両足を開き、藤堂に跨って腰を振る。藤堂の分身を
すべて体の中に含んで喘いでいる。
「ああっ…あぁっ…もうっ…すっすごい…はああんッ」
 ひろみの声と汗にまみれた肌と肌のふれあう音がベチベチと聞こえて心地よい。
繋がった部分から立つぬちゃぬちゃという音に、さらに興奮させられる。
(いまはふたり一緒だ…)
 首に回されたひろみの両腕に力が込もる度に、実感がわく。
 藤堂が勢いよく突き上げるとひろみが面白いようにさえずった。
「きゃあっ…んんっ!はあっ…うぅんっ…ああああっ!いやあっ!」
 ひろみのあまりにも大きな声に、思わず藤堂も動きを止める。さすがにいやと叫ばれると
不安になる。
「はあっ…はあん…」
 ひろみはだらりと両腕をもたれかけてくる。汗でしとどにぬれたひろみの背中が大きく動く。
 両腕でしっかりと抱きかかえ、藤堂もまた息を弾ませながらおそるおそる声をかけた。
「おっ岡くん、その…辛いのかい?」
 体を預けたまま、息も絶え絶えにひろみがつぶやいた。 
「はぁ…ええ、もう…死にそう…です…でも…」
 ひろみが顔を上げた。まともに視線と視線がぶつかりあう。ひろみは潤んだ瞳を
閉じて、藤堂の唇に自ら吸い付いた。
「あたし幸せです…最高」 


こうしてつながっているひろみに最高と評されることほど、藤堂にとってうれしいことはない。
「あぁんっ…あたしは大丈夫です、藤堂さんっ…んんっ」
 息も絶え絶えに荒く弾ませて…それでも微笑むひろみはとてもかわいらしい。
「かわいいよ…『ひろみ』」
 つい先刻までのぞかせていた弱気が強気に変わる。今までひろみを名前で呼んだことなど
無かったが思い切って口に出してみた。ひろみもすぐに気づいた。
「ええっ…あのぅ…いま…!ああッ!きゃあああああんっ」
 藤堂は向かい合わせに座っていた状態から、つながったままひろみを一気に
突き倒す。
「ひいいいいいっ、イヤッ…アアッ!」
 ひろみの両足首をしっかりと掴むと左右に大きく開いた。
「ふぅんっ!…んんっ!…」
 藤堂も息が荒い。弾んだ息遣いが絶えずこぼれる。掴んだひろみの両足首を
ひろみの体の前面にVの字に押しつける。体の柔らかいひろみだ。両脚が体に
押しつけられるのは造作もない。
 ただ薄明かりの中でも視線を下に落とすとはっきりと見える。ひろみの
体の中心がばっくりと開き、異質な固い肉棒をしっかりと含んでいる。赤い肉のヒダが
花びらのようにまとわりついていた。
「ああっ、そんなっ…」
 その肉棒は、ひろみのこぼした粘液にまみれて動くたびにぬちゃりと音を立てていた。
「やあっ…そんなっ!恥ずかしいッ…アアッ…!」
 ひろみがのどをそらす。藤堂の分身がひろみの体の奥にまで深くめり込んだ。間髪入れず
藤堂が動き始める。反復させる間隔が短い。
「ああっ!あっ、あっあっ…!」
 ひろみの喘ぎも藤堂の腰の律動と同調してあがる。肌と肌の触れあう音がはげしくあがる。
「あっあっあっあっあああああ!」 



 藤堂と股間の一カ所でつながったまま、下から上へ勢いよく突き上げられて、ひろみの体は
ずり上がっていく。破瓜の行為の時と同様に何度も何度もヘッドボードに頭がぶつかる。
 藤堂は腰を前後に激しく揺すり、ひろみの体の奥まで己の分身を突き刺す。
 幾筋にも走った肉のひだ、ざらついた突起のある箇所、ひろみの体の中の
肉の壁の変化を分身が感じ取っていく。触れ合う肌と肌がべちべちと鳴った。
「ふんっ…ふうっ!くうっ!」
 絶えずもれる藤堂のうめき。言葉にならない藤堂のうめきに歓喜の思いがあふれていた。 
「あッあッあッあァァァァーッ!」
 一方のひろみのあげる声の間隔も速くなるばかりだ。ひろみの喘ぎに伴う音はどこかいやらしい。
ヌチャヌチャとした粘り気のある音。その土に水がくわえられてこねられるような音は、
藤堂の動きにあわせて間隔がさらに狭められていく。
「アアッ!もうっ!あんっ!だめえっ!あああんっ!」
 ひろみが初めて迎え入れたときはただ痛いだけだった。圧迫感と違和感、鈍い痛みで
快感とは程遠いものだった。
(やんっ…なに…なんなのっ、これえっ…?)
 えぐられる刺激にいつ襲われるかは、ひろみに予測が出来ない。ひろみの体を
刺し貫いた異物に突かれるのがたまらない。内側から高度の違う肉に擦られる
圧迫感…体の中から熱く燃えて、つながっている箇所から滲み、溶け出してくる
ようだった。
「アッアッアッアッ…!なんかヘンッ!もうっ!ダメエッ!」
 ひろみがわめきながらシーツを握りしめる。
「…うっ!岡くんっ!…ぼくももうっ!」
 二人の奏でる淫らな音楽が最高のたかまりを迎えた。
「アッアッアッアッ!アァァァァーッ!…あぁ…?」
 熱い液体が、ひろみの体のあちこちに飛び散って付着する。


 藤堂はひろみの体の中で精を放つのだけは避けなければと思っていた。
あの柔らかい起伏に富んだ肉壁に押し包まれて、奥に注ぎ込めばどれほど
の快感だろう。
 寸前で飛び退きひろみから離れた。硬直したペニスの先端から噴水の
ように白濁した精液が放たれる。
 ひろみの腹に太腿に…勢いのいいのは顔面にまで飛び散る。
 硬直していたペニスが勢いを失っていく。…ひとり己を慰めたあとに襲われる
喪失感はなかった。
このうえなく爽快だった。藤堂は尻餅をついて呆然としていた。
「…はぁぁ…」
 ひろみは四肢を投げ出しぐったりしていた。甘く激しい初めての
交わりの余韻にひたりたい藤堂だが、ある現実に気がつき動揺する。
 ひろみが流した鮮血がシーツに付着していた。ひろみは精液にまみれてている。
慣れているはずの異臭が辺りにたちこめている。
「おっ岡くんっ、どうしよう!!…そっその…汚れちゃった…」
(…あのいつもは落ち着いている藤堂さんがあわてている…)
 ぼんやりとしながらもひろみは可笑しくてたまらなかった。
「大丈夫です…血は水で落ちますから…トイレットペーパーを使いましょう。
持ってきてくださいますか…あたしこれじゃあ動けない…」

 盛大な祭りの後の片付けは慌ただしかった。藤堂は全裸で動き回り、かいがいしく
ひろみの世話をする。ひろみの体をペーパーで拭き取り、拭き取った紙はトイレに流す。
ひろみの指示で水を含ませたペーパーで汚れたシーツの染み抜きもした。
(そっかぁ…男の人って血のシミ取りなんてしないよなぁ)
 ひろみは一人で納得する。あらかた後片づけをすませると藤堂がベッドに横たわってきた。ひろみを抱き締める。
「その大丈夫かい…?岡くん」
 ひろみもまた両手をひろげ抱き締める。
「大丈夫です。藤堂さん」
(また『岡くん』に戻っちゃった…)
 本当はこうして抱き合っていたい。もう離れたくない。しかしふたりはよくわかっている。部屋は別々なのだ。それぞれ相部屋なのだ。外出している
千葉と蘭子のふたりはいつ帰ってきてもおかしくない。
「ごめんね。もう行かないと…」
「…わかっています。おやすみなさい…明日の試合がんばってくださ…」
 唇と唇が重ねられる。別れの時が迫っている。別れの決断が必要なのにお互い求めてしまう。
別れが辛くて、ひろみの瞳に涙がにじんだ。
 それでも外に出られる体裁を整えて、藤堂は出て行った。
「ふう…」
 ひろみは素っ裸のままで天井を見上げた。シーツを引っ張り上げる。体を
動かすと股間に鈍い痛みが走った。
「夢じゃない…あたし、藤堂さんと…」
 首を振る。ひろみはようやく気がついた。
「コッ、コーチ…」
 宗方仁がそこにいた。隣の蘭子のベッドに挟まれたテーブルに偉大な師の遺影写真は
最初からここに置かれていたのだ。
「コーチ、ぜんぶ…見ていらしたんですね…」
 ひろみは真っ赤になる。ひろみはこの件だけは誰にも話さないつもりだ。
 藤堂との今夜のことは、ボストンに来ている蘭子や千葉には秘密にする。
日本にいる親友のマキ、そして両親、桂コーチにすらシラを切る覚悟をしていた。
だがこの男だけはごまかせないようだ。
「熱を出している間からずっと見ていてくれていたんですね、コーチ」
「まったく仕方のない奴だ!岡!」
 写真の宗方はひろみを怒鳴りはしたが笑っていた。                   完